*俺印






セナが人間になってしまってから3ヶ月ほど経っていた。

随分と彼も人間の生活に慣れてきて、最近では新しく始まった生活を楽しんでいるようにも思える。

部活に入ったり、新しく出来た男友達と遊びに行ったり。

少し前までは天使だったって思えないくらい、セナは人間の男の子として馴染んでいるのよ?

そうそう、それとね。

セナのご両親。本来なら子供が出来なくて2人だけの老後を送る予定だった夫婦が、セナの両親となったんだけど、その2人がもの凄くいい人達なの。

優しくて温かくて、本当に昔からの家族みたいに(彼らの中ではそうなってるけど…神様の操作で)3人共仲がいいの。

だから、セナもとっても居心地がいいみたい。

最近では友達に教えてもらったのか聞いて覚えたのか分からないけど、お母さんの事を「お袋」って呼んで、お父さんの事を「親父」って呼ぶようになったんだよ?

慣れるまでは「父親・母親」って言ってぎこちなかったのに…ちょっと笑っちゃう。

そんなこんなで、セナは今、『天野 世那』として、立派に人間の男の子になっちゃってます。



「お前さー。さっきから何、ニヤニヤ笑ってんだよ」

ボーっと世那の部屋でそんな事を考えてたら、どうやらニヤけていたらしく、隣りに座る世那が不気味そうに眉にシワを寄せながら私を見る。

「え?あ、ううん別に。世那も人間の生活に慣れて来たなぁって思ってただけ」

「まぁなぁ。3ヶ月も経ちゃあ、いい加減慣れるだろ?元々能力が高い俺だから」

「………自慢ですか」

「そう聞こえた?」

ジト目で世那を見返すと、おかしそうに笑いながら私の頭をくしゃくしゃっと撫でる。

「あ!ねぇねぇ、そういえば今度、バスケ部の試合があるんだよね?世那も出るの?」

「ったりまえだろ?俺だぞ、俺。バッチシ、レギュラー獲得!」

「うわー、そうなんだ!だったらまた世那ファンが増えちゃうね…ちょっと心配かも」

「あ?なんでだよ」

「だって可愛い子いっぱいいるよ?告白もいっぱいされちゃうよ?世那が他の子に行っちゃわないかって心配」

ちょっと小さめに呟いたら、隣りから大きなため息が聞こえてくる。

「あのさー。俺がどんだけの覚悟を決めて人間になったと思ってんだよ。そんな中途半端な気持ちで遙の傍にいたいって言ったんじゃねぇって事ぐらい、お前だって分かってんだろ?」

「うん、ごめん…そうだよね」

ホント…これって人間の嫌な部分。

世那とこれからずっと一緒にいられるって幸せに浸るのも束の間、それならばと、どんどん自分だけの世那でいて欲しいっていう欲が出てくる。

ヤキモチ妬いたり、疑ったり…愛する事しか知らない世那には分からない感情だよね、きっと。

「まあでも…遙の不安になるっつう気持ちも分からなくもねぇな」

「え?」

「人間になってからよ、今まで感じた事のなかった感情が時たま自分の中で蠢く事があるんだよな」

「感じた事のなかった?」

「そう…妙にイライラしたり、ちょっとの事でムカついたり。感情の起伏が激しくなったっつうか」

「そうなの?」

「あぁ。特に男がお前に喋りかけるだけで、ムカムカってしてくんだよな。天使の時は然程気にもとめなかったけど、遙…お前結構モテんだろ」

「うぇっ?!な、何急に…」

突然そんな事を言ってくるもんだから、何だか分からないけど喉が詰まる。

「俺が知らないとでも思ってんのかよ。昨日、告られただろ」

「……ぅ」

……なぜ知ってる。

世那に知られないように、影でコソコソと穏便にお断りできたと思ってたのに。

「普通さぁ、彼氏がいる女に告るか?俺に勝てるとでも思ってたのかね、そいつは。そーいうの信じらんねぇ…っつぅか、こういう気持ちの事だろ?遙が心配だって言ってるのは」

「うん…そう」

「厄介だよなぁ、人間って。自分の愛する人を自分一人のモノだけにしたいって欲が出てくる。誰にも触れさせたくない、渡したくないってよ。遙が他の誰かに告られたら、そっちに行っちまうんじゃないかっていう不安にさえなる…俺はそういうの、全然冷たくあしらえっけど、お前無理だろ…穏便に済まそうとか、傷つけないように断ろうとかって優し〜く遠まわしに言ったりしてよ」

げっ…読まれてる。

そうなんだよねぇ。私ってばあんまりキツクお断りできないタチらしく…今回もカナリ苦労しました、はい。

だけど、世那もそういう心配とか不安とかを感じてくれてるんだ。

なんか…ちょっと嬉しくなったかも。

「そういうのってお前が心配するより、俺が心配する方が多いんじゃねぇの?」

「いや、そんな事は……」

「あるだろうが。大体、お前に隙がありすぎるのが問題なんじゃねぇの?」

「す、隙って…そんな事ないと思うけど」

「いや、俺の見てる限りではありすぎだ。あぁ、そういえば…今日連れからいい事聞いたなぁ」

突然世那がニヤリと笑って、何かを企んでいる顔で私を見る。

……何、その顔は。

「な…なに?」

「キスマークっつう俺印を目立つ所につけると悪い虫がつかないってさ」

「きっ…?!」

キスマークぅ???

ちょっと、やだ。なに、そんな言葉覚えてきて!

誰よぉ、そんな変な事を世那に教える人はぁ!!

「遙…つけてやろうか?」

「いっ、いいです!いやです!!結構ですぅぅ!!!」

「……なんでだよ」

私の反応にあからさまにムスっとした表情になって、世那はジロっと目を細める。

「あぁ当たり前でしょ?目立つ所なんかにつけちゃったら、私学校に行けなくなっちゃうじゃない!!」

「そうか?お前の連れの友子だってよくつけて学校来てんじゃん。あの、首筋についてる紅いヤツだろ?」

……確かに。

友子は嬉しそうにワザと見えるように襟元を少し広めに開けてるけれど!

でもでも、だからって…私も同じようになんて絶対無理…恥ずかしすぎる。

「絶対、ヤダ!」

「尚更つけたくなった」

「なぁぁんでよぉ!やっ…ちょっと!…わわっ…おっ押し倒さないでってば!!」

「お前に拒否権があるとでも思ってんの?俺がしたい時にするって言っただろ」

「それはキスの話でしょう?!キスとキスマークじゃ意味がちっが〜う!」

「一緒じゃん」

……いや、違うし!全っ然、違いますからぁ!!

もがいてもがいて世那の腕の中から必死で抜け出そうと試みても、ビクともしない彼の腕。

世那はその私の様子を楽しむかのように、目を細めながらニヤッと笑い、いとも簡単にブラウスのボタンを外していく。

「うわっ!ちょっ…せっ世那?ほ、本気でつけるつもり??」

「いや。気分により、先に遙をイタダク事にした」

「いっ…」

イタダクって…その言葉もどこで覚えてきたのよぉ!!!


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