birthday present.

 政宗様お誕生日







 その人物は初め、未知の恐怖だった。
 でも次は憧れになって。
 その次は特別となって。
 ただその特別は酷く淡く掻き消えやすく。
 結局それが世にゆう恋に似た姿となって心の隅に鎮座していることに気付いたのは、奥州を統一して余裕が生まれだしたつい最近の話。
 ──今更恋だって言われてもよ……
 いや、具体的に誰かに指摘された訳では無いが、閃きのように降って湧いた感覚というモノは第三者からの指摘に近く。しかし自覚がすぐに実感に移るかと言えば又そうではない。加えて言えば親子のように、兄弟のように育ってきたのだ。愛情が正直色々な所で枠を越えすぎて、親愛なのかいわゆる恋慕なのよく解らない。
 好きは好きだ。それは今も昔も変わらない。
 ──ふむ。
 悶々と考え込むのも性格だが、堪え性のないも性格で。取り敢えずこの感覚が本当に恋と呼ばれるモノかハッキリとさせたい。
 ふむりと頭を傾かせ、政宗はそれがどういうモノか確かめる口実を考えた。




「────は?」
 そして、恋の対照らしい重臣・片倉小十郎は素っ頓狂な声を上げた。
「小十郎自身をばーすでぃのぷれぜんとに……でございますか?」
「そうだ」
 いつもの強面の顔は締まりなくなり、少しの間ぽかりと口を丸く開けていたが、はたと我に返って口を閉じると、小十郎はいつものキリリとした顔つきに戻る。男から見ても頬に傷があるところで何ら問題にならない男ぶりのあるいい顔。体付きも勿論で非の打ち所がない。
 確かにこれなら惚れても恋をしようともおかしくないと、他人事のように眺めてみたり。
「そのような事をおっしゃらずともこの小十郎、政宗様のモノです」
 堂々とそう言い切る男にも「そんな事は解ってる」と応える自分にも何も違和感を抱かぬまま、主である伊達政宗は更にじろじろと小十郎を品定めし始めた。
 今更思うまでもなく傅役も重臣も勤め上げた小十郎はいい男なのだ。何度も言うようだが惚れたところでそれは少しもおかしくない。ただその“惚れた”というものは、とても健全な憧れのようなもので、自分の中に閃いた恋という言葉とはこれまたほど遠く。
 ──俺の気のせいか?
 少し難しい顔をして穴が開くほど凝視していると、男の眉が珍しく心細げに寄せられた。
「……それとも、去年の品はお気に召しませんでしたか?」
「! だからそんな事をいってる訳じゃねーんだよ。俺は小十郎を……hammm……あれだ、欲しくなった」
「欲しく?」
「あー!! まてまて、誤解するなよ? その、なんだ、ちょっと気になることがあってそれを試してみたいというか……って、試すって言ってもそんな変な事じゃねぇぞ? 立証したいというか……」
「はぁ……ですが小十郎は既に政宗様のものですし、もしそのお気に掛かるような事があるのであれば、いっその事、今試されては? 何を試されたいのかは存じませぬが、わざわざこの小十郎をぷれぜんとという形にされずとも」
「あぁそうだな。そういう手もあるか。うん」
「あ。揃ってここにいた。ぼーん、こじゅ兄ー」
 城主の私室で行われる、上座と下座のおかしな禅問答の中に、呑気な声と同時に全開の障子戸から見慣れた姿が現れた。
 ふうと二人、呆れるような、それでいて少しホッとしたような溜息を吐く。
「……もうちょっと落ち着いた現れ方は出来ねぇか? 成実殿」
「なに? 密談だったの? だったら障子ぐらい閉めといてよ」
 悪びれもせずきょとりと目を丸くしてから、過ごしやすい季節がら光をとるためにもあり開けっ放しであった障子に、室内の確認もなく話の腰を折った張本人・成実は文句を言う。
「そういう訳じゃ無いが、それとこれとは別問題ですぞ」
「いいじゃんいいじゃん、こじゅ兄は梵にだけ小言の雨降らしゃぁ。ぼーん。もう結構ぷれぜんとが届いてるぞー。どうする? 隣の部屋にでも運ばせて良いか〜?」
 この時代、誕生日は重要視されたりされなかったりである。歳の数え方というのは正月を跨いで等しく一年歳を取ったというのが主流だ。ただ奥州筆頭ともなり、加えて派手好き祭好きともなれば、祝い事が重き行事となりまた周囲からも派手に祝われる。領地内の武将や他国からしても、丁度よいご機嫌伺いだ。
「ん? あぁそうだな。運ばせろ」
「りょうかーい。こじゅ兄、生ものが結構厨に届いてるから、喜多があっぷあっぷしてたぜー。そんだけー」
 言い終わるや否や来た道を戻る成実の足音を聞きながら「はぁ〜」と小十郎は溜息を吐いた。
「政宗様は成実殿に甘うございます」
「よくいうぜ。お前も大概成実には甘いじゃねぇか。あれはあれでいいんだよ」
 少しは心当たりがあるのか一瞬眉を寄せた後「取り敢えず」と小十郎は切り出した。
「生ものは姉上だけでも大丈夫かと思われますが、品が着き始めたのでしたら小十郎も選別に回ります。──ところで、試されたい事とは時間のかかることでしょうか?」
「かかるっていうかなんていうか……確かにそうだな。よし、さっさと済ませよう。お前はそこに座っていろ」
「はい」
 そう言うや否や政宗はすくっと立ち上がり、部屋の障子を全部閉めてまわっていった。一応自分が恋をしているかどうかの立証をしようというのだ。密か事ではあるだろう。
 締め切ると、柔らかい秋にさしかかる日差しが一層柔らかく部屋へと差し込む。薄暗いといえば確かに先ほどより薄暗いのだが、木漏れ日のような木陰のような、ただ暗くなった訳では無い安心できる明るさがある。
 その中で、政宗は立ったまま小十郎を見つめた。
 この好意が、世に言う恋かどうか見定めるために。
 じっと横から眺め、後ろから眺め、前から眺め。ぐるぐると、周囲を回りながら品物のように鑑定する政宗に、小十郎の眉はどんどんと寄り、最終的には耐えきれず「あの……」と声を出した。
「なんだ?」
 顎に手を宛ながら横柄に返答しつつも、政宗は眺めることをやめない。そうなのだ。これは十九年生きてきて、まさに一世一代の大事なのだ。間違える訳にはゆかない。
「政宗様は試されると仰いましたが一向に眺めてるばかり。……その、試すことをされてはいかがですか?」
「なるほど、そうだな」
 答えて政宗は小十郎の正面に座ると、ズルズルと距離を手が顔に届く範囲にまで縮め、またジッと顔を眺めた。
 さて、試すとはいえ一体何を試すのか。ここでキスの一つや二つでもして確認という方法もない訳ではないが、それは正直、恋でなかった気持ちまで恋にすり替えかねない。それでは意味がない。とすると、恋かどうかを試すことというのは具体的に何もない。第一、これだけ眺めて何も“いい男である”という認識は改めて強くなったが、それ以外まったくピンと来ないのはただの勘違いだったのではないか?
「ま、政宗様?」
「あぁ、いやすまねぇ」
 凝視され、真っ赤になっている小十郎に気付いて政宗は我に返る。
 ──なんだ、気のせいか。
 これだけ見つめても答えは何も出ない。つまりそういう事。取り越し苦労だったようだ。
「して、試されることとは?」
「いや、試すまでもなく解決したぜ」
「? そうですか。しかしそれは何よりでございますな」
 ニコリと微笑む小十郎へ、少々罪悪感が募る。よくまぁこんな変な注文と態度にも何も言わず従ってくれるなと。
 従として当たり前かも知れないが、それはそれだ。
「その……すまねぇな。変なことを言い出して」
「いいえ何を。政宗様の中にある蟠りがなくなるのであればなんなりと小十郎に申しつけ下さいませ」
 十数年向けられた微笑みは今も変わらずそこにあり、己を安心させる。
 憧れも好きも勿論あって。それは多分出会った時からのモノで、今更それに無理矢理名前を付ける必要はなく。
「あぁ、そうさせてもらう」
 応えて笑顔を返せば「そういえば」と、小十郎は言葉を続けた。
「どうした?」
「小十郎自身をぷれぜんと……の件ですが」
「あぁ。それは白紙だ。だからちゃんとくれよ? birthday present.」
「それは元よりご用意しております。いえ、その話で少し……」
「a?」
「小十郎は元より、政宗様へのぷれぜんとですよ。亡き大殿様が、政宗様を想い用意された」
「──」
 まるで時が止まった気がした。そして部屋の中に広がる柔らかい光と同じようなモノが、ふわりと身を包む。
 言葉を無くす政宗に、ただ小十郎は微笑んだ。
 それもまた部屋に満ちる光のように、強く何かを誇示するでなく柔らかく胸の奥を満たす。
「大殿様の、政宗様に対する愛情がこの小十郎を傍に使わせるという形となったのです。ですからその大殿様の愛情を映すためにもこの小十郎はこれから先、貴方の危惧も、蟠りも、障害も、先達て露払いいたします」
「──……ん。」
 一瞬、亡き父の心に触れた気がした。それは幻想かも知れないが、小十郎の偽りのない気持ちがそのまま父に繋がっているように思わせ、不覚にも涙が溢れそうになった。
 幻想であれ、まさか父の気持ちに触れられるとは思っても見なかった。
「ハハッ。お前は本当に、最高のpresentだぜ」
「それは光栄にございます」
 目の前で深々と頭を下げる小十郎に対し“あ……”と意地悪な質問が浮かんだ。
「しかしそうなってくるとよ、」
「はい?」
「“片倉小十郎”の気持ちはどうなってくるんだよ」
「私の──気持ちでございますか?」
 顔を上げて聞き返す小十郎の胸を、つんと人差し指で押して笑う。
「そうだ。今お前は親父の気持ちを反映して自分が居るみたいなこと言いやがったじゃねぇか。だったら、お前自身はどう思ってんだよ?」
 言い掛かりの部類である。そんな事は政宗も解っていて質問した。
 小十郎が己にかけてくれる忠義や愛情に微塵の疑いもない。その上で、どう応えるか気になったのだ。
 話の振り出しに戻ったかのように小十郎は少しポカンとした後、困ったように微笑んでから、自分の胸を突いた政宗の手を、そっと、両手で包み込むように握り、双眸で隻眼を捉えた。

「それはもう、大切に大切にお慕い申しております」

 ばくんと跳ね上がった心音に政宗は驚いた。手を握る小十郎にまで漏れ聞こえそうな音だったというのに、男は気付かず、視線を握る手の上に落とした。
「もし、この想いがぷれぜんと出来るものであれば、包み隠さずあなたにお渡しいたしますよ」
 暴れる心臓の脈打つ波紋が耳の後ろまで襲い、慌てて小十郎の手の中にすっぽりと収まっている己の手を引っ込めた。
「まさ……」
「あ、そ、そうpresent! お、俺も何が届いてるのか気になってきたから、ほら、こんなとこにいないで見に行こうぜ」
 動揺が隠し切れているかどうかはまったく解らなかったが、政宗にとってはそれどころでなかった。
 小十郎の返答も待たずして立ち上がると、障子を勢いよく開けてパタパタと逃げるように部屋から走り出す。
 握られた手が、まだ温もりを覚えている。
 手を引いた時に触れたあの固い指先の感触は、一瞬だったにも関わらず脳が何度も何度も反芻する。
 ──shit.shittt!!
 小十郎へ初めて抱いた感情は未知の恐怖で、つぎに憧れとなり、そして特別へと姿を変えたこの感情は、又も未知の恐怖へと変わった。
 そして次はまた憧れて焦がれるのだろう。
 多分、狂おしいほどに。
 ──クソっ! なんてものpresentしてくれたんだっ!!
 その恨み言は小十郎へか亡き父へかは解らないが、目に見えぬ想いというものが政宗の中へとしっかり届いたのは確かだった。










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 うわー!! 誕生日又間に合わなかった!! と意気消沈していたところ、
8月は3日だが9月は5日だということに気付かされ、慌てて仕上げました。
 普通は誕生日なら思う存分甘やかすのが筋でしょうけれども(笑)、
政宗様は常日頃甘やかされてるからいいよね? 
と、ちょっと変わった鈍感主従モノ(笑)に。
 それにしてもこの未満天然主従はどうなるんでしょうかね?(笑)

 これは誕生日ものと言えるのかどうか解りませんが、お粗末!!
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