困った彼で10のお題 番外

 困った彼







「は?」
 小十郎は素っ頓狂な声を上げた。だが珍しい事ではない。結構、ある。
 何せ男の仕える若い主は、時折突拍子もない事をよく言うからだ。で、度々あるからといって驚かないかと言えば驚く訳で。
 一応驚いてから「はぁ」と呆れるように相槌を打つのが常になっている。
 そんな重臣の、下手すれば家臣として不相応な態度を気にも留めず、上座に座る政宗は、脇息に凭れながら隻眼を輝かせ、楽しげにほくそ笑んでいる。
 小十郎は「ふぅ」と一つ、溜息を吐いた。
「まぁ、お望みとあればお供致しますが。──閨なりなんなり」
 すると政宗は途端、つまらなげな顔をする。
「やっぱり小十郎だ。」
“命令に背く”ではなく“命令に従う”と言っているというのに、不満げな顔をされても困る。
「やっぱりとは何です。小十郎は政宗様の家臣ですから、貴方様の言葉は絶対なのですよ」
「hum? その割には楯突くような気がするが……」
「政宗様のための行動です。大体閨も、政宗様が本当にその趣味がおありで本気ならば、この小十郎に断る権限はございません。──で、今回の賭けの相手は誰です? おおかれそんな話題で賭けを持ちかけるのは成実殿ですか」
“読まれてる……”と、政宗はバツ悪く明後日を向いた。
 小十郎の予想は大当たり。こんな脈絡のない質問は彼にとって遊びの一環だ。が、質問の内容が内容だっただけに、政宗としては男性としての疑問も少々浮かんだ様子で。
「なぁ、小十郎」
「なんでしょう」
「もし俺が、そっちの気があって『抱かれろ』って言えば、お前抱かれるのか?」
「──断る理由が無ければ」
「hum……」
 目を丸くする政宗は生まれてこの方“主”である。“従”の鉄則やプライドの置き場など、頭では解っていても今一理解に苦しんでしまう。
 少し声に出して唸りながら、政宗は天井の隅を睨みなにやら考え始めた。
 よからぬ事を考えつく前にと部屋を退散しようとした小十郎だったが、それは遅かったらしく…
「なら、」
「?」
「逆に俺を抱けって言ったら……どうする?」
「はぁ…」
 とにかく小十郎が困る提案をしたいらしい。
 確かに困る。主を組み敷くのは従の行動ではない。そう、真面目に答えれば彼の思う壺である。こういった事は、変な提案がなされないように、切り捨てるのが正しい。
「そういった趣味をお持ちですか」
「お持ちって訳じゃないが、気持ちいい事は好きだぜ? 別に抱けとまではいわねぇが、気持ちいいなら興味あるな」
 少し前屈みに身を乗り出し、挑むように意地悪く笑いながら「さぁどうする」と言わんばかりに持ちかけてきた。困る姿も、どう答えるのかも楽しみらしい。
 さて……と、今度は小十郎が天井を見上げる。
 ここで売り言葉に買い言葉をしてもいいのだが、下手に買ってしまうとこの若い主は勝負事として実践しかねない。それはよくない。言葉の上だけの事であって、重臣と同衾などいいはずがない。かといって困る姿を見せるのもしゃくに障る妙な意地が小十郎の中になきにしもあらず。
「まぁ、ご要望とございましたら致し方ありませんが、先ほども申し上げました通り、政宗様が本心から“望まれ”ましたらの話。まず第一、今回の件につきまして、政宗様の本心はそこではないでしょう」
「……? 本心、とは?」
「成実殿との賭に勝つために、小十郎を困らせる事。もしくは弱点探しですか?」
 見透かされた内容を反復され、政宗は乗り出していた身を素直に引いて頭を掻いた。
「この小十郎を閨に連れ込むという提案もあまりいい趣味とは言えませんが、人を困らせる事を賭けの対象にするというのも又趣味が悪い」
「だー。悪かった。悪かったが、大体賭けの対象になるほどお前に“無理だ”とか“出来ない”とか“困った”とかねぇからだろう」
「なにをおっしゃいますか。この小十郎、毎日政宗様と向き合う度、“無理だ”“出来ない”“困った”の繰り返……」
「あーあー、悪かった。俺が悪うございました!!」
 日頃の悪行が山のように思い当たるらしく、身を竦め、耳を塞いで試合を放棄した姿を見てホッと溜息を一つ。
「そういう訳で、政宗様の勝ちでよろしいかと」
「なんか釈然としねぇなぁ…」
「まだおっしゃる」
 ブツブツと腕組みをしながら又よからぬ事を考え出しそうなので、とっととこの場は退散し、変な案を絞り出す暇を与えないように、仕事を持ってこようと立ち上がった小十郎の耳に、ぽつりと漏れた呟きが届く。
「困った事がねぇなんて、弱味がないのと一緒じゃねぇか」
 口を尖らせ、面白くなさげに眉を寄せる主に答えず、小十郎は部屋を出た。
 ──ちゃんと言ったでしょうに。貴方と相対するたび“無理だ”“出来ない”“困った”だと。

 まったくもって困った人だと呟いて、小十郎は歩き始めた。