困った彼で10のお題 09

 子供みたい






 ぽかりと口を開けて呆れた。
 正直、この主従に付き合っているとこの程度で呆れていたら身が持たないのだが、それでもなんというか、飽きもせずというか、どうしてそんなつまらない事で本気になれるのかというか、どれだけ同じ内容で喧嘩するのかとか、痴話喧嘩であてられてる? 犬も食わない何とやら? とか突っ込みたくなるのだが、そこはそこ。言いたい事を堪えてちゃんと我慢した。
 ここで本質を突いてしまうと矛先は自分に向きかねない。長年の経験上よく理解している。
 なかよきことはうつくしきかな──などと、何処ぞの軍神さんは言っていたようだが、その傍というのは大概大変なのだ。しかもこの二人は偏屈で底意地が悪くて、大人のフリを懸命にしているがどこか子供じみていて……と愚痴が頭の中を一通り駆け抜ける前に、思い出したように伊達成実は乾き始めた口を閉じた。
「で、今回は何?」
 上座で脇息に凭れている従兄であり主の伊達政宗は、ちょっと口を尖らせ、なるべく右側に座る重臣・片倉小十郎が視界に入らないように下座に座った成実を見るが、ちらりちらりと視線が、眉間に深い溝を付けたまま微動だにせず目を閉じている小十郎の様子を盗み見るように動く。多分無意識なのだろうが。
 と、いうことは、余計な事をしたのは政宗で、この状況を打開したいのも政宗だろう。 何を余計な事をしたのかと思う。多分、小十郎が不満を居座る形で訴えてるのは、これはこれで小十郎の拗ねである。で、小十郎が拗ねたりと言う理由は大概が政宗のこと……いや、小十郎が感情を出すのは政宗の事以外ないと言っても過言ではなく。
「別になんもしてねぇよ。ただコイツがいきなり機嫌悪」
「──政宗様が、」
 おや、と思う。政宗が話している途中で小十郎が言葉を切った。一瞬ムスッと政宗は小十郎を見直すが、やはりずっと睨み続けはせず、プイッと脇息に凭れてそっぽを向いた。 その行動を気に留でもなく小十郎は言葉を続ける。
「政宗様が、御身にもしもの場合などという話を──」
「? あ、梵が死んだらって事?」
 率直にそう言うと、クワッっと閉じていた目を開き、小十郎はギロリと成実を睨め付けた。口に出すのも命に関わりそうな内容だ。
 慌てて口を閉じた成実に合わせて、ふんっと政宗は鼻を鳴らした。
「このご時世にifを考えなくてどうするんだ。死ぬつもりは毛頭ねぇが、俺だって不死身じゃねぇぞ」
「そのような事解っております。だからこそこの小十郎が居ります。御身を守るのがこの小十郎の務め。政宗様の身に何かがあるなどという事はこの小十郎が務めを全うできなかったという事。加えて申し上げますれば、そのような怖ろしいもしもなど、この小十郎が政宗様をお守り出来ないと仰って──」
「Shut up! そうは言ってないだろう!! いついかなる場面も考えておけって言ってたのはテメェだろうが。それを勝手に」
「勝手? 勝手とおっしゃいましたか? 勝手でもなにでもなく、小十郎には──」
“始まった……”と成実はそっぽを向く。どっちもどっちだ。
 政宗は、いついかなる場面も……などと言っていたがそれは大義名分だ。本当は、そう言ったら小十郎がどんな反応をするのか楽しみで言ったのだ。心配してくれるのを待ち望んで言ったのだ。“構ってくれ”とは言えなくなった大きなガキの、何処かしら甘く歪んだ独占欲と自尊心が顔を出してこの有り様なのだ。だから表情の端々には、心配をかけてしまったという罪悪感が時折覗くが、同時に甘えは満たされない上に怒られると言う事態に逆ギレを起こしているという、どうしようもなく子供じみた状態。
 更に言えば相手をする小十郎も真に受けすぎている面もあるが、これまた拗ね方が大人げない方向で出ているという、第三者からしてみれば“どっちもどっち”の状態で。関わらない方が身のためだという事だけは明白だ。
 しかし、誰かが止めねば延々続いてとばっちりが大きくなる。さてはてどうしたものかとも思うが、ようは話を早く決着させれば済む訳で。
「まーまーまーまー、梵も小十郎も。取り敢えず小十郎、通過儀礼だと思って我慢して。政宗もさ、もう今回限りでこの話題は良しとしてやれよ。小十郎の世界には梵しかいねぇんだし」
「なっ!」
「humm.....」
 成実の一言に思わず片膝を立て掛けた小十郎だが、グッと堪えて元の正座に戻る。政宗はすました顔をしているが、まんざらでない様子で納得したようだ。
 どっちもどっちの主従である。
「大体さ、梵よ。お前の身にもしも何てあったら、小十郎のやる事ぁ一つじゃねぇか」
「なに?」
「なにって、」
 簡単な陰腹の仕草をして、成実はちらりと小十郎を見る。
 小十郎の中には政宗しかいないといっていいほど、まさしくそんな人間だ。そんな人間だからこそ、こんな“もしも”を口にされ静かにしかし大いに怒り狂っている訳であるし、こんな酷な事を言ってやるなとも思って。
 彼しかいないのだ。彼しか愛せないのだ。傍から見ているとどうにかしてやりたい従で。それでいて、そんな全てを差し出す男を前にしても、足りない足りないと強請る主も問題で。
 不謹慎だがとっととくっついちまえば? なんて思った事は日常茶飯事なのだが、本人達にその気がない……というか、あまりにも傍に居すぎてその手段がすっぽ抜けているような主従なので、この辺りはもう……まぁ好きにしろと言うべきなのだろうが、好きにさせてたらこちらにとばっちりが来るしと複雑な立場。
 取り敢えずつまらない事で巻き込んでくれるなと溜息を吐いた時、政宗は思いっきり眉を寄せて成実を睨んだ。
「馬鹿言うな。それはまず禁止だろうが」
「は?」
「小十郎は伊達の要だぞ。俺がいなくなった後の伊達軍を立て直し、伊達家を支えるのは誰だ? 三傑の小十郎を欠けば、生き残る事すらままならねぇ」
「いや、そうだが、」
「小十郎が後追いしてこようが、地獄から蹴り返してやる。伊達家を──伊達軍を一人前にしてからこいってな」
 簡単にそう言い放たれる言葉の横で、静かに目を閉じ、己の激情に耐えているようにも見える小十郎がいる。
 結局、政宗は“殿様”なのだと成実は思った。
 小十郎の気持ちなど、解らないのだろう。解るようで解らないのだろう。いや、解っている上で解ろうとしないのだろう。
 主の後も追えず、主亡き後も、主の遺言通りにこの男は働くのだ。男の“全て”が無くなった後も、生きて、全てだった者の願いを全うしろと。
 そんな残酷とも言える命令されて……全うするだろう。この男なら。伊達家のためと多分今以上に優秀な、感情のない軍師となって政宗の言葉をただ全うするために存在するだろう。
 死ぬ事を許されず、残された主の言葉に従って。それは──多分片倉小十郎ではない、別の何かだ。
 小十郎から政宗に視線を移す。
 さも当たり前のような……少し勝ち気な、どこか自慢気な表情で政宗はこちらを見ている。伊達家当主として、奥州筆頭として間違った判断ではないと言いたげに。
 成実は、口を尖らせて溜息を吐いた。確かに間違ってはないだろう。政宗がいなくなった後、体勢を立て直すのに小十郎は不可欠だ。それに、そんなもしもが起こればとばっちりを受けてしまうのは自分である。正直、その立場になった時に小十郎は居てくれなければ困る。だが、政宗の言っている事はどこか違う風に聞いて取れた。
“正しい判断”というモノを隠れ蓑にして言っている。これは俺のモノだと。死んでなお、主は己だと言ってこの男を独占しようとしているのだ。そして宣言しているのだ。
 誰にもやらないと。この男の主は己で、全て俺のモノだと。
 子供の甘えと独占欲が、歪みきって表に出ている。
 在るのが当たり前のように扱う癖に、不安になって出て来る甘えが歪みきっていて。
 やらねぇ。やらねぇと。
 これは俺のモノだと。
 ずっとずっと死んでもなお──
「あ゛〜……」
 成実は頭を掻く。
 本当に酷いノロケを聞かされた気分だ。いや、自覚してないだけで単なるノロケだ。これは。しかも当の本人も、話題の当人も、ノロケであるとか告白であるとか解っていない酷いモノ。真面目に聞いているだけ馬鹿を見る。
「結論、言っていい?」
「a?」
「もしもなんて起きた時でいいと思うよ。なんとかなるから」
「なっ! 緊張感のねぇ奴だな」
「いっつも緊張して日常何てやってられるか。死ぬときゃ死ぬ。怪我する時は怪我をする。そうならないように心がけるだけでいいと思うぜ。なった時はなった時だ。」
「テメェは伊達のNo2だぞ、真面目に考えろよ」
「だから真面目に言ってる。梵の居ない小十郎のお守りなんて超御免!! そんな怪談話、想像したくもねぇ」
「!?」
 目を開き、小十郎にじとりと睨み見られるが、事実なので譲る気もない。
「お前に降りかかってた小言に加えてなにやら他のものまで降ってきそうだ。小十郎の手綱はお前にしか扱えねぇだろう」
 そう言ってやると「まぁなぁ」と満更でもない表情を浮かべて政宗はチラリと小十郎を見る。それを見て、やっぱり単なる自慢話でノロケじゃねぇかと確信を持って成実は立ち上がった。
「? おい、何処行く?」
「一応俺だって忙しい身なんだ。一々痴話喧嘩に付き合ってるほど暇じゃ」
「なっ!?」
「痴話喧嘩!?」
 最後の最後でつい本音が漏れてしまい、やべぇとダブルで雷が落ちる前に成実は慌てて部屋から飛び出した。
 後方で何だか怒鳴り声が聞こえるが知った事ではない。自分は事実しか言っていないのだから。
 本当、痴話喧嘩じゃなければなんだというのか。根性のひん曲がった子供の喧嘩? でも、どちらにしろ原因は同じなのだ。
 相手を想いすぎた、本来ならば喧嘩にもならない理由で喧嘩して。
「俺はいつまであてられるのかねぇ」
 多分一生。二人が揃って傍に居る限りあてられ続けるような気がする。
 ひねずに自分の気持ちに気付いてくれればマシになるかとも考えたが、それはそれで又別な方向で酷くなりそうな気もした。
「夏の怪談にはまだ早いって……」
 子供の喧嘩で済んでいるうちが幸せかと独りごち、成実はぽてぽてと廊下を歩きだした。










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 政宗様が小十郎を残して先立つ事があったら、間違いなく陰腹だよね....
と、他の方とも話していたのですが、でも志半ばで先立つ事があるなら、
政宗様は小十郎の後追いだけは禁止するような気がしました。
 小十郎にとって政宗様が全てだったのは政宗様も知っている。だからこそ、
自分が亡き後も三傑には伊達家を見守って欲しいと思うのではないかと。
 でもね。そんな中で生きる小十郎を想像しただけでちょっとゾッとしなくもない。
いつもと変わらない小十郎で、何も変わらない小十郎で、
でも完全に何かが欠けている者。
決して、政宗様は誰にも小十郎を渡さない。
 もしかすると、今も......?
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