困った彼で10のお題 08
何を考えているのか
別に政宗と小十郎は、四六時中一緒に居る訳じゃぁない。寧ろ誰より何より信頼出来る重臣だからこそ遠くへと手放す事も多いし、大きな戦になれば別行動だって多々あって。政宗が手放しで大きな土地も城も任せられる人物で。
それだけ怖ろしく想い合ってる。形なく、想い合うほど怖いモノはないと、俺は奴らを見て常々思っている。
「こじゅーろー……ってなに? 焚き火? 戦目の前に呑気だなぁ」
小十郎の任されている城まで足を運び、裏庭を覗くと、落ち葉や小枝を集め小十郎は小さく揺らめく焚き火の炎を見ていた。
何て言うか……もう小十郎もいいご身分だぜ? 他のモンにやらせばいいのにマメって言えば聞こえはいいが、どう見たって貧乏性というか、昔っからの性分が抜けないって言うか。
「成実。この忙しい時期に本城を離れてこんな所まで」
呼び捨てて徐に顔を上げたかと思えば即小言がやってきた。“あぁ”と滅入る気持ち同時にどこかホッとしている。出来る重臣ってのもなかったら困るが、貧乏性な小十郎の方が落ち着く自分も変な感じだ。でも、対等な人間として付き合ってくれる小十郎の方が、すましたいつもよりやっぱいい。
「戦が近いからって城に閉じこもってたら腐るっつーの。政宗なんて大人しすぎて、ありゃもう腐ってンじゃねぇか?」
多分、小言がないから悪い事も考えられないくらい元気がないんだ。──なーんて今更の事実、こいつらは気付いてないし言うつもりもない。
「縁起でもない事をいわんでください。それで? 遠乗りにしてはここまで少々距離がありすぎますが……何用で?」
「疑り深いなぁ、本当に遠乗りだよ。ついでに政宗から文を預かったな」
「政宗様から?」
懐から出した手紙を小十郎は受け取り読み始める。政宗は筆まめで俺にもよく手紙を寄越してくる。それは何より大切なものだ。
厳しい目がゆっくりと字を追って行ったかと思うと、顔には出てないがふと小十郎の瞳の光が和らいだ。どうやら、どうでもいいつまんない事を書いてよこしてきたらしい。
でも、そんな内容が一番手紙としていい。
「何書いてきた?」
「いや……」
口端を少し上げて小十郎は誤魔化す。俺だって本気で聞いている訳じゃない。一番つまらない事ほど一番の秘め事だ。
殺伐とした戦を前にした最高の贈り物。
「で? 用事は?」
「用事もなにも、俺は遠乗りで来ただけなんだから帰る……」
ちょいと首を竦めながらそう言うと、小十郎はクスリと笑って手に持っていた手紙を──迷いなく炎の中にくべた。
「!? んなぁ!?」
俺は、信じられないものを見てしまった。
今、え、はぁ?
目をひんむいて驚いている俺を余所に、小十郎はその辺にあった小枝を拾い、冷静に火の加減を見始めている。
「ちょ、……うぇ?」
あまりの事に俺の口からは変な声しか出ない。勿論意外だったのもある。だって政宗から貰ったものは何でもかんでも大事に取っておくから。……なのに、読んですぐそれって。
すると小十郎はやっと不思議そうな顔をして炎から俺に視線を移すと「あぁ」と俺の狼狽に気付いたらしく、ニコリと微笑んできた。その笑顔でやっと俺は言葉を思い出せて。
「なんで……燃やしたの?」
それでも出てきた言葉は間が抜けていて。
「いや、覚えたからな」
「お、覚えたからって……政宗の……」
やっぱり解らなかった。いつもの小十郎を見ていると特に。
俺はふたたび火に視線を戻している小十郎と、その火を指差し交互に見る。
「──明日から本格的な戦に傾く」
「え? ……あぁ、うん」
「戦は、いつ死のうと不思議ない」
「! ……それこそ縁起でもねぇ」
「しかし事実だろう?」
静かに炎を見つめながらそう呟く横顔。
その言葉は、とても重いが決して負荷になるものでなく、かといってそれを常とするにはどこか狂気的で。
「この俺が死んだ時、困らないよう身支度を調えておくのはおかしいものか?」
「いやそりゃ、身支度はおかしくないけど、」
手紙を燃やすのはおかしいだろうよと言いかけた。
他愛もない内容ならなおのこと、別にと言いかけて……俺は口を噤んだ。
瞬間、ぞわりと鳥肌が立つ。
見られたくないのだ。一切。
己が知っている、己だけが知っている政宗の一面を一切他者に知られたくないのだ。だからこそ、他愛もないものが何よりの小十郎の品であり、記憶に焼き付けて残さない。
そうだ。小十郎の中には多分、ありとあらゆる政宗の事が、一分の間違いもなく記憶されて……いや刻み込まれているのだろう。そして、怖ろしい事は、奴の中ではそれはおかしな事でも何でもない常なのだ。
常なのだ。
ゴクリと飲み込んだ唾が、渇いた喉を引っ掻きながら落ちる。
冷静で落ち着いた、変わりのない瞳は、政宗の手紙を燃やす炎を映す。
俺も、その炎を見つめる。
何を、考えているのか──
了
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同じ小政の方とお話しした際、数少ない同志を見つけて思わず文にし
ました。
と、言うのも、小十郎は政宗様からのモノを大事に取っとくけれども、
それと同時に自分個人へ宛てた、政宗様のプライベートなものはさてど
うかなと常々思っていたからです。
第一、史実で政宗はあんだけ筆まめだというのに、小十郎に宛てた
個人的な手紙が少なすぎる事に、常々「むーん」と思っていまして、
色眼鏡をつけ書いてみました(笑)
目に見えて残す事が大事とされますが、記憶する事・伝える事の方が、
私はよっぽど大変で大事だと思います。
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