困った彼で10のお題 06

 帰りがおそい








 日はまだ高いところにあろうとも、不思議と昼を過ぎ夕方近くになると、虫や鳥も声色を変え始め、夕の声、夜の声へと整え始める。
 土をいじっていた手を休め、片倉小十郎は考え深げに空を見上げた。
 草の香り、土の匂いに混じり、風も午後を感じさせる柔らかな空気を運んでくる。自然の中に長く身を置いていても、この自然の何事もない当たり前にいつも驚かされる。
 見事な調和。
 その中で生きる、異物である人間(われわれ)──
 だからこそか自然の中にいると、少しでも人の関わる事は直ぐさま敏感に感じることが出来る。
 ゆっくりと腰を上げ、土手沿いのあぜ道に目をやり、来るだろうものを待った。
「? どうしやした、小十郎様?」
 付き添い、手伝っていた若い部下が不思議そうに立ち上がった小十郎を見上げる。
「いや、そろそろ……」
 先刻、空気が変わった気がしたのだ。振動というのか…いや虫の、鳥の声が少し静まったというか。
 そう考えている間に、蹄の音が聞こえ始めた。
 ──早馬?
 何があったのかと自然に表情が厳しくなる。こちらに向かってくる馬を走らせてきたのは…
「成実殿!!」
「あー! やっぱこっちだったか!!」
 馬がしっかりと足を止めていないうちに、成実は器用に鞍から飛び降り道に立った。危ない事をいとも簡単にし、やんちゃくれの片鱗をみせる。
「どうしたこんなところに!? 火急であるなら自身ではなく、早馬を出しなさい」
「あぁ? そんな暇あるかよ。火急緊急、大至急。早く城帰れ」
「!? 一体何が」
 眉間に皺をよせ真剣に詰め寄る小十郎に「あ゛〜」と、疲れたように成実は溜息を吐きながら言葉を続けた。
「梵が、城で癇癪起こしてる。」
「はぁ!?」
「今はまだ宥められているうちだから、早く帰ってくれ。雑草取りと収穫ぐらい、俺が手伝っておくからさ」
 開いた口をどうやって塞ごうか、どうやって言葉を連ねようか、小十郎は次の行動に少しの時間を有した。
「…帰りは夕刻過ぎと伝えておいたはずですが……」
「ここんところ、こじゅ兄が梵の相手しないで畑にかまけっぱなしだったからだろ。どうせ」
「そういわれましても…」
 見合い、同時に「はぁ〜」と長い溜息が零れる。
 優しい午後の風と供に、鳥たちの声がまた耳に届き始めた。