伊達成実の学習。

  同人誌[成実の憂鬱。ふたたび!]のオマケ的SS







 俺の名前は伊達成実。奥州筆頭である伊達政宗の……って、この口上言うのも疲れてきた。疲れてきたって言うか、もう、なくていいよな? うん、なくていい。投げやりだと言われようが、こちとら投げやりにもなりたくなる。何せついこの間、春を迎える前に大円満なエンディング迎えたかと思えば、それは違ったひぐ○しエンド。俺はどうやら無限ループに突っ込まれたらしい。
 無限ループ……はぁ。無限ループって何だよ本当に。俺は終わったと思ったんだ。もうこんなバカ話に付き合う事はなくなったって思ったのにさ。
 巷では、俺の言葉が無限ループを招いたという推測があるが、そんなモン知らねぇ。俺は悪くない。悪いのはあの、天下無敵のバカップルだ──!!


「成実殿、顔が怖いですよ」
 大部屋の書斎で真面目に机に向かい政務をやっていた俺に、綱元は声をかけてきた。
 ハタと我に返って顔を上げると、一緒に仕事をしていた文官達が眉を寄せ、少し怯えながらこちらを見ている。
「あ……」
 周りの奴らの顔を見て、俺は凄い顔をしてたんだなという事が解り、筆を置いて少し首を引っ込めた。
「その様子ですと、余り仕事は進んでいない様子」
 少々呆れた風にそう言って、綱元は持っていた盆からコトリと床に高坏にのった茶を差し出してきた。
「お、俺は真面目に」
「机にしがみつかれても考えが別であるなら、やっていないのと同じ──少し休憩されてはいかがですかな?」
 正論過ぎて溜息もでない。
 同意を含め、俺は差し出された茶を手に取った。口に含んだ番茶の香りがホッとさせる。そうだよ。無限ループに放り込まれたかもしらねぇが、今ン所何も起こってないんだから無駄に気を揉む必要も……あれ?
「小十郎は?」
「殿に茶を」
 ごく当たり前のように返された返答に、俺の眉は自然と寄った。ちょっと被害妄想入り始めてるかも知れない、俺。ただ茶を差し入れに行っただけだ。まだ何にも起こっちゃいない。でもさ、小十郎の身分がもちっと低いならまだしも、曲がりなりにももういいご身分なんだぜ? 今もなお当たり前のように続く、傅役時代の身の回りの世話をおかしいとあの二人も気付よ。小十郎甘やかしすぎ。政宗も甘えすぎ。何て言うのか全然お互い一本立ちしてないというこう……
「成実殿」
「うぁ、はぃ!?」
 綱元の声に俺は変な返事をしてしまった。すると、少し呆れるようにして綱元は溜息を吐く。
「小十郎に並び、眉間に皺を作られますかな? 余り似合うとも思えませぬが」
 その言葉に俺は慌てて眉間の皺が伸びるようにさする。
「そんなつもりはねぇよ」
「つもりはなくともそうなりましょう。──まぁ、殿と小十郎が気に掛かるのも解りますが」
 俺は綱元をまじまじと見る。綱元は政宗と小十郎のバカップルぶりを知る、数少ない一人。なので今の台詞には色んな事が含まれてる。
「綱元は気にならねぇのかよ」
 政宗と小十郎は出来ている。色んな意味も壁も枠も越えて出来ている。しかも形式的には禁断の恋のような感じで出来ているので、バレたら一騒動だわ、反比例してお互いの気持ちは燃え上がるわみたいな、つまり……いや訂正。あいつら障害があろうが元々くっついてなかった時もバカップルになり得るくらいお互い惚れてたし、障害があっても一掃しちまうな。うん。特に政宗。
 って、とにかくもう、天下無敵のバカップルだ。隠すつもりなんてホントはないだろうバカップルだ。でも隠さなくちゃならない。奥州のために。でもって俺は色々と引っ被る立場となった。そして奥州のためには綱元も同じ立場……なのに全然引っ被ってない。
 確かに政宗が気を使わず色々、プライベートな事話せる相手なんて俺と小十郎ぐらいとしても、何だろうこの差。
 じっと見る俺を見つめ返していただけの綱元だったが、一言。
「気にしてどうなる事でもありますまい」
 キター!! 俺は皆無のスルースキル!!
「何でそう気に留めずにいられるんだ?」
「気に留めて、殿の態度がお変わりになるのであれば留めもしますが」
 ……正論だ。
「それこそ“人の恋路を邪魔する奴は”」
「“馬に蹴られて死んじまえ”? でも俺は別に、邪魔してるわけじゃねーぞ」
「かといって、殿の恋路に必要とも思えませんが」
 うん。凄く正論。
 でもさー、なんていうかさー、んとさー……
「要は」
「要は?」
「相手は自分と違う考えを持った人間なのです。余計な気を揉むだけ無駄というモノ」
 うっわー……。すごい言いきってくれた。
「自分の考えと違う事を選択するのは、人として至極真っ当。そこに“やれそうするな”“やれああするな”というのは実際、その人の行動を制限しているのと同じですぞ」
「そりゃそうだけど。俺はそこまで」
「するつもりがないのでしたらなおのこと、放っておけばよろしいですよ。政宗様も片倉殿も子供ではありますまいし」
「……わかってる」
 それは、何となく解ってる。解ってるけど、解っちゃいるけどっっ
「もしそうしてその後、喜多にきっかりはっきりバレたりとかしたらどーすんだよ」
 そう振った俺を綱元はじっと見つめる。
 見つめて、静かに一言。
「知りませんよ。それはお二方の自業自得です」
「うわー!! 最強他人事呪文キター!!」
「人聞きの悪い」
「だってさ」
「確かにそうなった時“ほら見ろ”であるとか“人の言う事を聞いてないからこうなる”とか、そういった事を思いつくのであればそうかも知れませんが、そこで出す助け船は用意しているつもりですよ」
 にこりと綱元は笑う。
 すげぇ。すげぇ正しいスルースキル。
 そうなんだよな。スルーすればそれだけ他人事で収めるわけだ。でも俺達は他人じゃなくて、愛情があって、でもって運命共同体。そこんとこがこう、なんだ、俺には折り合いが上手くいかなかったんだ。
 何かが起こった時に手を差し伸べる用意。何かが起こっても変わらない態度。──それを踏まえているか踏まえていないかだけでいいのに。
「しかし、そうは申し上げましても、成実殿の態度がおかしいともこの綱元、思いませぬが」
「? ほんとか? 気休めならよしてくれ」
「あの二人を想いやっている事でしょう。行動を必要以上に制限しているわけではない。言った通りに殿が行動しなくとも、それを本気で怒るわけではない。何より、ちゃんとお慕いしておる。これは一番重要ですぞ」
 俺は、ゆっくりと視線を逸らせた。なんだかこっぱづかしくなって。
「忠告する側の立場になる者は、無意識のうちに上からの目線になりやすい。何故助言しようと思ったか、何故忠告しようと思ったのか、その基本を忘れてな」
「綱元……」
「自分の気に入る範囲の、手の届く範囲として収めようとする忠告ではなく、個を重んじ、情をもった忠告に、何の間違いがありましょうか」
 なんだか感動して綱元を見る。と、辺りから拍手が湧き起こった。
「鬼庭殿! 感動いたしました!」
「流石は交渉術にも長けた鬼庭殿。胸にお持ちの言葉が違いますな!」
 部屋は和やかに、それこそ大円満な雰囲気を醸し出してるが、えーっと……こいつらどこから聞いてた? うまーい具合に大事なところは聞いてないとか? それともやっぱり余計なとばっちりを受けたくないから、肝心なところを聞いてないふりをしてる? やっぱそうなのか? そうなのか!?……と、突っ込みたくなったけどぐっと我慢した。これでそうだったら俺は立ち直れないから。意外とデリケートに出来てるんだ。俺。
 とにかく、茶を入れに行っただけで気を揉んでも始まらない。俺だって、それぐらいのスルースキルはあるさ。それに俺は、あいつらは一緒に居ればいいと思ってる。ずっと。公でも個でも、互いに互いのないところを補ってさ。巷で云われてる双竜じゃなくて、二人で一つの竜であればいいと思う。
 何かその方が、しっくりこねぇか?
 だから、二人が一緒にいる事自体、反対じゃねぇんだ。



 ──なんて、そんなこんなをぼんやり考える休憩を挟んで、一時間近く経とうが小十郎が帰ってくる気配はまったくなく。俺がサボりならまだしも、小十郎がサボりなんてまずあり得なくて。
 ……えっと……つまり……だから……
「成実殿、眉が寄っておりますよ」
 必要な資料を取りに席を立った綱元が、席に戻るついでとばかりに声をかけてきた。
「これで寄らせずにすむほど出来てねぇんだ……」
 いや、うん、だからって、考えたところで今からどうとなるってわけでもないのは解ってるんだ。でもなっっ! こう、仕事の途中だから誰かが来るかも知れないとか、真っ昼間なんだから人通りがあるとか、とか、とかとか、そういう危惧をだなぁっっ!
「人払いならさせております故。」
 ……………………
「はい?」
 綱元の言葉に、俺は作っていた握り拳を解いた。
「ですから人払いはさせております。」
「人払いさせておりますって……」
「この所、あの春先のどんちゃん騒ぎが響き、政宗様も机に括り付けられっぱなしではありましたから、まぁ、半刻いかぬとも、片倉殿が部屋から出て来る気配がなければ、人払いをと棟の者に」
「……」
 すげぇ。スルーの神髄を見た気がした。
 なるほど。干渉しない訳じゃなくて、干渉しないですむように先手を打ってるって事か。
 すげぇぜ、綱元!
「なので、放っとかれればよろしいかと。」
「お、おぅ」
「それよりもまず、成実殿の分の仕事を終えて、帰ってきた時に存分に説教なさって下さい。その方が効力も倍になります。私は面倒なのでお任せしますが」
「おうよ。わかった」
 そうと決まれば、取り敢えず目の前の仕事を片付けて……って、ん?
 俺は書面に向かわせた視線を上げ、綱元を見る。必要な書類を抱え、席に戻ろうとする綱元を。
「なにか?」
 振り向き様、涼しい顔してニコリと微笑まれたが、さっき、なんか引っかかる一言付いていなかったか?
 記憶を巻き戻して確認しようとするが、本能が拒否をした。多分、考えると色々鬱になるのだろうか?
 ………………
「なんでもねぇ」
 ちょっと考えて俺はそう答えた。ここは──突っ込むのはよそう。自分の精神衛生上、スルーするのが正しい気がした。
 つまり、正しいスルーというのは、干渉せずにいられるように先手を打っておく事と、自分の精神衛生上、回避できる事は回避するという事だ。うん。それに、回避して関係がおかしくなるわけでも、回避しなくちゃ保てない関係でもないわけで。うん、つまり、スルーしてもしなくても条件に変わりがない場合、スルーは間違いじゃなくて……って。やっぱり俺、面倒事被ってるのかな? つかみんな、面倒事イヤで俺に被せてる?
 なんだろう、出て来る答えが全体的に鬱なのは気のせいだろうか……
 もう一度席に着いた綱元をチラリと見る。すると、又こちらに気付いてニコリと微笑まれた。

 スルースキルというのは、思ったよりも険しい山道のようだ。ただ、帰ってきた小十郎に説教をかますのは、スルーするよりも数倍、俺に向いている気がしたのは云うまでもない。