伊達成実の憂鬱。ふたたび。─冒頭─

 伊達成実シリーズ、同人誌書き下ろし部分冒頭







 今、奥州を統べる伊達軍は、超絶頂期でぴっちぴちである。
 例えるなら張った十代のお肌って感じ? もちろん、十代だけでは事は回らないのでそれ相応の歳の老中だっているが(あ、老中って、歳いってるヤツっていう意味じゃないぜ? そういう役職名)、諸国に比べるとかなり若い奴らで構成されている。
 おっとべらべら喋っちまって紹介が遅れた。俺の名は伊達成実。奥州を統べる伊達軍の中でも一・二を争う武者………………嘘です。わたくし、嘘を吐きました。
 やっぱ俺は二番……いや、三番かなぁ……。
 伊達軍には二枚看板でチートな存在がいる。うん。チート。えっと、チートっていうのは、ズルって言うか、次元が違うって言うか……なんだ、普通でも“強い”って奴を十と例えるとすると、奴らはその桁が一個も二個も違う。うん。
 まず一人は伊達政宗。言わずと知れた我らが大将。
 先代・伊達輝宗公は梵の若いうちから……あ、梵って言うのは政宗の事で……って、別にここ説明しなくてもいいか。主人公は伊達政宗だもんな。うん。でもどーも俺は、梵とか政とかっつー言い方が抜けねぇなぁ。これでも気はつけてるんだぜ? ま、大目に見てくれ。
 で、えっとー……どこまで話したっけ? あぁ先代が、二年……いや三年前か、古い奴らの反対を押し切って全ての家督を政宗に継がせた。城主を務める器っていうのは、多少チート気味な才がないと駄目だが、おじきは政宗がチート“気味”では収まらない才能を持っていると見出し、ごたごたが起こる前に家督を継がせて、それと同時に家臣も一新した。
 そんな訳で伊達軍は他の軍と比べても驚くほど平均年齢が若返り、古い奴らが“禁じ手”としていたことも平気でやっちまうメンツが揃って、あれよあれよという間に奥州を平定した。ま、少しの問題も残ってはいるがそれはご愛敬ってもんだ。
 家督として政宗が継いだ当初はそりゃ反発は多かったが、今となっては英断だったと誰からも賞賛されている。──そんな輝宗のおじきも今はこの世にいない。
 俺が取り返しのつかないミスを犯し、政宗が、その全てを負った。
 何も言わず、全て。
 若いし、行動に突拍子のない派手さや軽さだけが目立つが、ウチの筆頭は見た目だけじゃない実力と、底知れぬ力、そして覚悟がある。だからこそそんな魔法の呪文である“チートな存在”という理由だけだなく、この奥州を平定し、次は中央をと見据える事ができている。
 覚悟──なんて簡単に言ったが、そんなもの簡単な事じゃない。特に、土壇場になって他から押し付けられる覚悟と、極を見据え、自ら決める覚悟は違う。
 あいつの覚悟はいつもそう、自分から。
 ……ま、なんだ、暗い話はよそう。ガラじゃない。
 そんなチートな主、政宗と俺は従兄弟に当たる。精確に言うとおじきとも従兄弟で……ってまぁそんなことはどうでもいいか。とにかく俺は従兄弟であり自分で言うのもなんだが重臣であり幼なじみ。俺に取っちゃ一番最後が一番重要なところ。
 まあ、そんなチート主がいるので俺はナンバーツー……にはならない。更なるチートがいる。“テラチート”って奴だ。
 大体、桁の違う主が暴走起こしてみろ。俺のような普通ぅ〜に強い奴が十人ぐらい束になろうと、んーなもん政宗の「そぉい!!」的な掛け声だけで吹っ飛んじまう。だからチート主を止めるための、更なるテラチートが存在する。
 泣く子も黙る、鬼の──

「失礼します」
 筆が止まったのを見計らうように、廊下から低いがよく通る声がかかった。
「お、どうぞ」
 静かに開けられた障子から顔を出したのは、今、ぼんやりと顔を思い出していたその人、片倉小十郎景綱。
 政宗の幼名時代……傅役から勤め上げ、今ではなくてはならぬ重臣。
 大きいガタイ。左頬の大きな傷。乱れない髪形と同じく乱れない、常に厳しげな顔。だが表情が乏しいわけでもなく、余計な愛想を振りまかないだけの無駄のない男。
 男の俺から見てもいい男だ。政宗とは又違った人望を集める伊達家の要で良心。
「膳の用意ができました。政宗様がお待ちです。」
「うへぇ。小姓使わずにお前が呼びに来るって、今日は何の話だ? 呼ばれたのは、俺と?」
 政宗は時々、食事を会議場にしちまう。政宗と同席で食事など、政宗から言い出さなければ成り立たない。つまり体の良い“密談”。
 この所、戦の話が立て込んでたし、なんだ? 急な作戦変更でも思いついたのか?
「成実殿だけです」
 途端、俺の顔は引きつった。
 密談で呼ばれたのが俺だけとなると、話の内容は戦じゃない。もう、十中八九聞かなくても解る。
 アレだ。
 アレしかねぇ。
「やだやだやだやだやだやだったらやだ!」
 俺は筆を置いて咄嗟に両耳を塞いだ。登校拒否……もとい、職場拒否と言わんばかりに背中を丸めて頭を振る。
 何だよそのご指名の怖ろしいフラグは!!
「成実殿?」
 いきなり愚図りだした俺が心配になったのか、小十郎は顔に“訳が解らない”と大きく書いたまま、部屋に上がり込み、側に来て宥めようとする。
 だよな。こじゅ兄はわかんねーよな。元凶なのによ!
 何とも言い表せない俺の置かれている立場というものに、理不尽さがふつふつと煮え始め、頭を抱えたまま俺はキッと強気に睨み上げた。
「こじゅ兄、ちゃんと政宗とよろしくやってる?」
「は? いきなり何を」
「いきなりじゃねぇ。俺のこの先の運命がかかってるんだ」
「運命など……」
「う・ん・め・い・だ! 大体な、言っとくがこじゅ兄、この所俺が余計な心配事で巻き込まれるのはこじゅ兄と政宗の関係でだ。ま、まぁなんだ。それの全部が全部悪いとはいわねぇ。俺達は一つ屋根の下、家族であり兄弟同然なんだから、問題が起これば互いに協力だ。だがな、だ・が・な、この所というかテメェーらの問題というか、個人的に政宗に呼び出されたり関わったりすれば、悉く、そりゃぁ〜悉く、例に漏れず こ と ご と く、お前と政宗のつまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーらない痴情のもつれ話だ」
 ヒートアップした俺は小十郎の鼻先まで詰め寄って、指を差す。
「痴情……」
「痴情でなけりゃ何なんだ!? 言ってみやがれ!」
 こいつらは、出来ている。
 チート同士出来ている。
 二枚看板で出来ている。なので伊達家は安泰──ではない。
 このチート同士の大恋愛(ちょっと語弊はあるが)は、とにかくハタ迷惑だ。
 一極集中的に迷惑。
 特に俺!!
「俺が政宗に呼び出されたら大概それ。本当にそれ。しかもなんて言うか、本当に大変な問題ならまだしも、今時のりぼ○やなか○しの方が悩み的に進歩してるって言うか」
「りぼ○?」
「とにかく悩みはたいしたことない癖に、えげつない事ばっかり言いやがるアレを何とかしろ! あの色ボケ城主を!」
 眉間に一筋溝を作り、小十郎はじっと俺を眺める。
 そして、
「お前もその“色ボケ城主”とやらの家臣なのだから、自力で何とかすればどうだ? 成実」
「あぁーーーー!! 開き直ったな? 開き直りやがったな!? 人の苦労を開き直りで投げ捨てたな!? 泣くよ? 俺泣くよ? 泣いていいんだな? それとも一緒に泣くか!?」
 俺の妙な嚇しに、迷惑そうに顔を背けててから「はぁ」と大きく小十郎は溜息を吐く。
 これは、こいつが完全に素に戻った証拠だ。
 小十郎は立場上、俺を上位として扱うが、付き合いとしては政宗と同じく十年以上の付き合い。根の所では互いにやんちゃくれの兄弟のような感覚があって。
「言っちゃ何だが、お前は政宗様の数少ない親友の立場でもあるんだ。そこを」
「よーっく理解してるからいつも迷惑被ってるって言ってンだ! こじゅ兄! そこへ直れ!! でもって耳かっぽじってよーく聞きやがれ!!」
 俺はスクリとと立ち上がり、片手を腰に当てびしっと腕を伸ばしてこじゅ兄を指差す。
 ここまで来たら俺の負担を少しは肩代わりしてもらわなければ気がすまねぇ。俺は今までの洗いざらい、ちょーつまらなくて、ちょー迷惑を被った一部始終を話してやった。

 ※詳しくは、『伊達成実の憂鬱。』をご参考下さい。それになにやら無性に腹の立つ、バカップルののろけを顔面に塗りたくられたような気分を想像されると更にベスト。


「そんなことが……」
 小十郎は顔を赤くしたまま、呆れるような、困ったような、恥ずかしいような、とにかく表情の落としどころが無いような顔をして俺を見上げる。
 俺は俺でこの所一通りの騒動を思いつく限り捲し立てて口に出して振り返ってみると、なんて言うのか、俺、すっげー良い奴だ。誰か褒めてよ……。
「まぁ……それは少し……同情する」
「だろ!? 少しと言わずにじゃんじゃん同情してくれ!! つーかこじゅ兄あれだ!!」
「?」
 ちょっと落ち着いた俺は、こじゅ兄と膝頭を付き合わせるような格好で向かい合って座り、この際とばかりに説教することにした。
「梵と恋人同士なんだろ?」
 念を押すように、確認するように俺は直球で詰め寄った。すると少し間を置いて何かの仕掛けか玩具のように、こじゅ兄は表情を崩すことなく“ポン”と一気に顔を発火させた。
 ……おもしれぇ。
「いや、それは、その……」
 どんどん、こじゅ兄は低姿勢になってゆく。
「やることやってて恋人でも情人でもないって否定するのはおかしいよな?」
「だから……」
「しかも抱き潰し経験ありで“違います”なんて言ったら梵じゃなくて俺が六本刀持って切ってやるから」
「だ、抱き潰すは」
「こじゅ兄、俺の話聞いてなかったか? 今の今まで全部色々あ・ま・す・と・こ・ろ・な・く筒抜けだって?」
「…………ハイ…………」
 なんか……今俺、大型犬を叱ってる錯覚に陥った。
 例えるなら、完全に耳も尾っぽも垂れて上目遣いも出来ないこじゅ兄に俺は忠告する。
「こじゅ兄のためにも言う。こう、恋人であるなら、情人であるなら、もうちょっとこう、慎みとか恥じらいとか、忍ぶ恋とか教えろ!」
 途端、辛そうに「あー」と眉を寄せる。
 物凄く思い当たる節があるようだ。思い当たりながらどうもしようがないと眉間の皺が語ってる。……まぁ、わかる気はかすかにするが……。
「……この注文は情操教育的な問題? 修正きかねぇ?」
「……微妙に、難しいかと」
 俺の眉間も合わせて寄る。
「でもな、俺、こじゅ兄のためにも言ってるんだぜ? このまま行ったら正直ラスボスが話の途中で登場するバグが」
「らすぼす?」
「喜多だよ。喜多のねぇちゃんだよ。ぶっちゃけ今でさえ喜多にバレてないのが奇跡的だぜ。こじゅ兄と梵が出来てるなんてバレてみろ。こじゅ兄、瞬殺だぜ?」
「……あの人の場合、まず気を失わせ、自由を奪い縛り上げてからそれ相応の対応になるかと……」
「あぁ、なるほどな。喜多も梵を目に入れても痛くないから──って、なんでそう冷静に言ってンだよ」
「いや、どうされるかと言えば、瞬殺などという方法なら有り難いかと」
「まぁそりゃそうだが……じゃなくて、どうして俺こんなお約束コントしなきゃなんないんだよ」
「こんと?」
「あーもーとにかく、梵──いや、政宗に取っちゃ小十郎って存在はかけがえのない重臣であり家族であり恋人だ。で、伊達家にとってもかけがえない」
「身に余る言葉」
「余らない。俺は事実しか言わないし、過剰表現もしない。そんな小十郎が欠けるなんて冷静に考えりゃぁ大損失だ。だが喜多ならそんなことも関係なく、間違いなく──殺る。」
「でしょうなぁ」
「だから、冷静に言うな。で、何としてもそれを避けるためには、政宗に“忍ぶ恋”ってものを徹底してもらわないと……」
 と、解説していると、こじゅ兄は何処を見でもなく真剣な面持ちで己の膝頭を見つめている。
 あ、やべ、このパターンは、
「まてまてまてまて小十郎、ここで又『なるべく距離を置こう』とか『触れないようにしよう』とか、そんな考えそれ駄目。逆効果。むしろ経験済み。過去参照してくれ。」
 真剣で追い回された俺の身になってくれ。
「しかし」
「しかしもかかしもないの。それとも政宗と付き合い始めて小十郎まで学習機能なくなったとかないよね? それとも俺の災難は夢だったとか幻だったとか言わないよね?」
 言ったら暴れるからな。ほんと暴れるからな。
「それは」
「つまり、普通に関係はしてくれていいんだ。関係してくれていいからあの色ボケの口を塞げ」

「誰が色ボケだって、ゴラァ」

 話しに夢中になってた俺達は、ゆっくりと顔を上げる。
 すると部屋の入り口で腕組みして仁王立ちの政宗が立っていた。
 ここで俺が「ひぃ!」とか言って驚くかと言えば驚かない。別に怖くもない。俺は事実を言っているからなー。
「色ボケでなけりゃなんだ、万年常春。どこから聞いてた」
「ラスボスの話あたりだ。お前、小十郎に又何余計なこと吹き込んでるんだ」
 ツカツカと部屋に上がり込み、膝頭を付き合わせていた俺達の元まで来てどっかと政宗は胡座をかく。すると、正座したままスッと小十郎は半身になり身を下げた。
 当たり前の行動とは言え、この自然な流れの中に主従を見る俺は、まだ小十郎が政宗に手を出したなんて信じられない所がある。
 どんな手を使ったんだろう政宗のやつ。興味があるようなないような……うん。ない。あったら又酷い目にあうに三〇〇〇点。
「余計なこと吹き込んでない。話を聞いてたなら解るだろ? もうちょっと色ボケを慎んでもらわねぇとお前はいいが小十郎がヤバイんだって」
「さっきから色ボケ色ボケってテメェなぁ」
「色ボケじゃないなんてどの口で言うつもりだ。お前が色ボケになってるから問題なんじゃねぇか」
「俺は別にボケてもなんともねぇ」
「ほぉ、言いやがったな」
「あぁいった。……それにまぁ、問題があるとすれば」
「あるとすれば?」
「小十郎が腹立つほど上手いことぐらい?」
「政宗様!」
 俺は、思わず前のめりに頭を抱えた。
 ゴメ……今、色んな意味で息がつまって死ぬかと思った。
「それが色ボケって言うんだ、ごらぁ!!」
「なら、色ボケにさせるこいつが悪いんだろ!? なんて言うか最近思うに、俺、すげぇ身体にされてる気が……」
「まさむね様っっ!!」
 例えようのない顔をして悲鳴のように声を上げる小十郎を、政宗は不思議そうな顔してきょとりと見つめる。
 ……事実とは、残酷なものだと相場が決まっている。そして、政宗に慎みと思ってた自分が恥ずかしくなって来た。
 うん。これは無理だ。
 今さっき、心の折れる音聞いたもん。ぱきっなんて可愛いものじゃなくて、ゴキッて。
 とても勝てる気がしない。
「と、とにかく政宗様、どうしてこの様な所に」
「humm? 成実呼びに行ったまま戻りが遅いからだろ? まだ膳は運ばせてないからこっちに運ぶように言ってくれ」
 そう言われてしまうと「はい」としか言えない小十郎は、これからここで繰り広げられる話を気にしながらも、どこかその怖ろしい会話から逃げることが出来るという対照的な感情を、これまた眉間に刻む皺で表現しながら部屋を後にした。
 うん。確かに政宗から命令されたが、アレは逃げだと俺は取る。
 ………………………………………………泣いていい?
「──で、成実、話なんだが」
 と、話し始めた政宗だったが、目が真剣な割には唇を少し突き出し、子供のようにへの字に結ぶ。
 あぁ。
 やっぱりこれは、あれか。

 何か俺、最初っからクライマックス……。






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