伊達成実の節介

 伊達成実シリーズ 03







 はぁ。
 何処から説明しようか。
 俺の名前は伊達成実。奥州を‥‥って、これいいよな? 割愛割愛!‥‥え? それじゃぁ話にならない? 注文が多いなぁ。んとな、えっと、なんだ、とにかくだ、ウチの筆頭伊達政宗は、十年の年月をへて初恋を実らせた。相手は傅役で重臣の片倉小十郎。二人は主従の間を飛び越えて結ばれたのでした。めでたしめでたし。ハイ拍手ー!!
 ‥‥‥って、なんか違う? まぁ突っ込むな。人間八割合っていたらいいらしいから。
“はぁ”と俺はまた溜息を吐いて火鉢と戯れる。外は寒い。用があればともかく、あんまり動きたくは無い。それにここんところ滅入ってる。
 鬱なのだ。
 俺じゃあない。
 小十郎が。
「はぁ」
 火鉢の中の炭に溜息を吹きかけると、パチリパチリ柔らかい火がともる。
 小十郎の鬱は半端無い。そして何故欝なのか、原因はよくわかっていた。
 政宗と小十郎はバカップルである。うん。俺が断言する。とはいえ、主従の間で関係を持ってしまったのが問題だった。いや、そう言うのってあるっちゃあるんだが、従である小十郎が主の政宗を組み敷いちゃったものだから問題ありで、しかも小十郎は元々政宗の傅役だ。政宗の機能しなくなった右目を取るために、政宗の幼少時代、刃物を突きつけた事があるから、色々と、その、本人や俺のようなものの解るヤツにとっては、紛れもなく政宗を思ってした事であっても、重箱の隅突くのが趣味な輩にとっては良いネタなわけで、二人の関係は俺以外のヤツには内緒である。
 ま、もっとも、一番気をつけなきゃいけないのは、重箱の隅を突くヤツではなく、小十郎の義姉であり政宗の乳母であった喜多だ。重箱の隅を突くようなヤツはまぁ大半が、指鳴らしてにっこり微笑んでやれば大人しいものだ。最悪、“おっと手が滑った不慮の事故”って事も出来る。が、喜多は‥‥
 喜多はもちろん小十郎の味方だが、それ以上に政宗の味方。あの二人に惚れたはれたがあって結ばれて、しかも義弟が政宗に手を出したと知ったなら、バッドエンドで討死。コンティニューすらきかないようなものだ。
 ‥‥で。
 話を戻すがとにかく小十郎が鬱なのだ。
 主に手を出したとはいえ、小十郎は常識人である。本来こんな事は起きない。絶対起こさない。はっきり言って押し倒したのは政宗だといっていい。知らないけど絶対そう。
 だからかなんというのか、ようは小十郎と政宗の好き度のベクトルが違う。
 小十郎が政宗より好き度が低いっていってるんじゃないぜ? 政宗の好意の方向性と小十郎の方向性が違うんだ。あー、どういえばいいんだろ、えっと、基本政宗は攻撃的な愛で、小十郎は防衛的な愛なんだ。うん、これだ。
 小十郎がちゃんと政宗を思っていても、政宗には冷静に扱われていたり、あしらわれているように思えるらしい。‥‥早い話がガツつけって事だ。ふーん。そういう意識の支配欲もアリかと冷静に分析する。
 え? なんでそんなに淡々としてられるかって? そりゃ一時期は四六時中政宗の愚痴に付き合わされた。どうやったら勝てるかって。──閨で。
 でも、小十郎の愛が防御的だからといって、全てが防御的かといえばそうではなかったらしく、政宗は勝てた試しがないらしい。その‥‥──閨で。
 政宗が「一度ぎゃふんと言わせてやる」とあの手この手を使おうと、勝てなかったらしい。最後には俺も呆れて「襲えば?」と無責任にいってしまい、政宗はまた恐ろしい事にそれを実行したらしいが、これまたいつの間にか逆転・全敗だったらしい。恐るべし片倉小十郎。やっぱりお前は政宗の傅役だぜ。
 そんでもってそんなバカ話に付き合ってやる俺ってものすげぇ偉いよな! 自分で自分を褒めたいよ。
 ‥‥あれ? 話がそれたか? いや、逸れてねぇよな。まぁなんだ、つまりだ、思うベクトルに合わない苛立ちで政宗が切れかかった時、小十郎は言ったんだよ。

「戯れになど抱けません。手加減なしで抱かれる覚悟がございましたらどうぞ。」

 俺は、その場にいたが、もう、この時の“ポカーン度”をどう例えればいいだろうか?
 まぁ、その台詞を真顔で言い切った小十郎も凄かったが、それを言われて首まで真っ赤にした政宗も凄かった。そして一番凄いのは、耐えた俺! よく耐えたよ、俺!!
 ‥‥そんな訳で、すんげー“これはひどい”的なバカップル成立の瞬間を目撃して、めでたしめでたし‥‥にはならなかった。
 その場を無言で去った政宗は、それから借りてきた猫のように大人しくなった。色々、全部。態度も何もかも。俺に愚痴を言うことどころか、世間話もどこか上の空。で、程なくして小十郎が鬱になった。そりゃそうだ。あの告白をした日から、政宗は小十郎を避けているのだ。あからさまに。今までさんざんモーションかけられて、手ぇ出した後にそれじゃぁ誰だって鬱になりそうだ。
 とにかく、小十郎が切腹しないうちにそろそろ手を打たなきゃなぁと思っている。
 ‥‥それにしても、社内恋愛禁止ってのよくわかるぜ。完全に仕事に影響出てる。なんせ今は伊達軍がワンツーでダウンだ。他国にも動きのない冬でよかったぜ‥‥
 火鉢の上で手をさすり暖めてから、俺は重い腰を上げた。



「いい加減、何が不服か知んねぇが、ヘソ曲げやめたら?」
 喜多にもらった政宗餌付け用の菓子を持参して、ずかずかと部屋に上がり込む。勝手に上がり込まれたというのに政宗は怒るどころか、黙って俺の動きを目で追っているだけ。
 俺は俺で火鉢に、串に刺したあん餅を突き刺してゆく。政宗様に元気がないからと喜多が、棚の奥に隠していたあん餅をお焼きにしてどうぞとくれたのだ。本当にあそこの姉弟は政宗に甘い。
 準備が整って政宗へと振り返る。
 ぼんやりとこっちを見ていた。意外に政宗も重傷のようだ。
 ‥‥でもなんでだ?
「おい。マジでお前が塞ぎ込むのやめないと、小十郎、腹切るぞ。」
 その言葉があまりにも現実味を帯びすぎていたのか、政宗の目がハッとする。
「そりゃ駄目だ」
「だったら‥‥だったらとりあえず、お前が塞ぎ込んでる、小十郎を避けてる理由を‥‥」
 と、途中までいってる最中で、政宗は真っ赤に頬を染める。
 ‥‥な、なんだ?
「ま、まさむね?」
「は、」
「“は”?」

「恥ずかしく‥‥なって‥‥きて‥‥な」

「──────────は?」
 ぱちりと、火のついた炭が鳴った。
 今コイツ、なんてった?
「小十郎にあぁ言われた瞬間、なん‥‥とにかくとんでもなく恥ずかしいっていうか、俺、今まで何してたかと」
「なにしてたって‥‥」
 あんな事やそんな事やこんな事だろう。むしろ小十郎を襲う計画を立てていたのは、

 い っ た い 誰 だ ?

「なんて言うのか、この──shit!!」
 ガリガリと頭を掻いて大照れしている。
 なんだぁ!?
「待て、政宗。俺はお前が照れる理由が理解できない」
「理由!? んーなもの、俺は小十郎と色い‥‥ろ‥‥」
 政宗はさらに顔を赤くして俯いた。
 えー‥‥えっとぉぉおお?
 落ち着け成実。ここでお前まで混乱すると打開策のないまま小十郎は切腹して終わる。あ、餅も裏返さないと危なくなる。
 俺は火鉢に刺していた餅をひっくり返し、もう一度政宗を見た。
 告白されて、照れているのだ。これは。
 振り回すだけ振り回して、わがままいって、やる事やってる相手に、告白されて混乱してる?
 ‥‥この現象は、十年越しの恋が歪んでるからなのか、政宗が歪んでるからなのか、どっちだ?
 ‥‥──ok、どっちもだ。
 えーっと、とにかく、照れというものは褒められる事や慣れない事に出てくるよな。つまり、告白されてない? ‥‥いや、それもピンと来ないな。えっと‥‥なんだ。攻撃的な政宗と防御的な小十郎の‥‥‥‥あ。灯台もと暗し。そうだよ。事の発端だよ。
「お前、やる事やって片思いだと思ってた訳!?」
 素直に頷かないが、つまりそういう事だ。
 なんだこの歪んだ純情。
「んなわけある訳ないだろうが。いったいお前何回」
「そりゃ嫌われてるとは思ってねーが、あーいっ‥‥た‥‥」
 と、最後の辺りは又もごもごして借りてきた猫のようになる。
 ‥‥こいつ、もしかして
「こじゅ兄のこと嫌いか?」
「馬鹿いってんじゃねーぞ」
「じゃ怖いのか?」
「怖くはねぇが、その」
 歯切れ悪く言葉を濁す様子を見て、俺は気付いた。
 慣れてないのだ。
 心の枯渇や、その他諸々の環境のせいで自分から求める事や、発端になる事には慣れていても、求められたりいざ受け入れられると当惑する。今更の事を疑う。
 多分、本当に口に出すのがばからしくなるような事を疑ったり、自信なくしたりして、怖くなったり、照れたりしているのだ。

 ‥‥あーもー、俺切れた。

「いっとくがなぁ政宗」
「あ?」
「こじゅ兄今頃、完全日干しだぞ。」
「え?」
「お前は余裕あるだろうが、絶対日干しだ」
 飲んでいいと与えられた最高の水。それをいきなり取り上げられた時、人間そう易々といつもの水に戻れる訳がない。戻ろうとして、水の違いに気付いて、与えられていた水を悶々と思い出すだけだ。
「な? 何の話だ?」
「いいから立て」
「あぁ!?」
 訳がわからないと言った顔をする政宗の手首をむんずと捕まえ、俺は立ち上がると、政宗の部屋を出て真っ直ぐ小十郎の部屋へと向かった。
「ちょ、お前どこに向かって」
「小十郎の部屋にきまってんだろが。」
「はぁ!? 馬鹿いうな俺は会いたくねぇ! 帰る!?」
「馬鹿いってんのはどっちだ!? 散々好きだはれたをやったくせして、いざ成立したら“嘘でした”っていってるようなもんだ」
「言ってねぇ」
「言ってる!」
 廊下で大立ち回りをやろうとも、若衆達は「またやってる」程度に俺たちを避けながら、会釈して通り過ぎる。伊達家では喧嘩や揉め事は日常茶飯事だから、いちいち気にしいたら身が持たない。
 ‥‥多分、会話の内容を理解したら「またやっている」ではないだろうが。
「思い切って告白したら“そんな気はなかったの、うふ☆”なんていう、甘酸っぱい青春なんてちゃちぃレベルでもないぜ」
 そうだ。小十郎は政宗に人生全部かけてんだ。それに手出して告白したらこの超展開って‥‥‥‥鬱にもなる。
「とにかくだ、惚れたはれたの相撲ほど、一人でやってもしょうがないんだ。おい! こじゅ兄いるか!」
 返答も待たずに襖を勢いよく開けると、薄暗い部屋の中で、この騒ぎにも微動だにせず、書机に向かって筆を走らせている小十郎の姿があった。
 なんだ? 書いているのは仕事か? 写経か? 遺言か?
「騒がしいな。いったい何用‥‥」
 心底めんどくさいと言いたげな顔をこちらに向けた瞬間、小十郎は固まった。
 暴れていた政宗も、小十郎の声を聞いた瞬間に、借りてきた猫のようになっている。
「まさ‥‥むねさま‥‥?」
「政宗、とりあえずバカ話は当人同士でやってくれ。俺飽きた。こじゅ兄、後はよろしく」
 そういって、ぽいっと借りてきた猫を部屋の中へ入れ、襖を閉めて押さえておく。
「おい! 成実開けやがれテメー!!」
 がたがたと政宗は部屋の中で必死になって開けようとしているが‥‥実際、開けたければ端から開ければいいのに。気が動転して頭が回っていない。
「おぅ、開けてやるさ。小十郎と一言でも話したらな。」
 その瞬間、辺りがシン…と水をうったように静かになった。それを見計らって俺はその場から離れる。
 静かになったのは、お互いがお互いと向き合ったから。そして一言でれば、感情なんてものはあふれ出す。後は野となれ山となれ。
 俺だって解るさ。十年越しの想いがどれくらい深いかって事ぐらい。

 さて‥‥と。この棟は人払いして、それから‥‥。今急いで部屋に帰っても、あん餅は焦げてるだろうな。
「俺には焦げた焼き餅かよ」
 すんげーくたびれ損だぜ。



 それから。まぁ、結果は言わなくてもわかるよな。
 政宗はいつもの無茶ぶり‥‥もとい、元気さを取り戻し、小十郎も元に戻った。やっとのこさ政務も回っている。‥‥正直、政宗の元気の良さは以前の三割増しとといったところか。いや、元気の良さじゃないな。甘えただな。
 多分今までの反動もあるんだろうが、「ちょぉぉぉおおっ!」と叫んで庭の雪に突っ込ませたくなる時がある。
 この二人の関係って、本当に俺しか知らないのか? みんな関わりたくないから見て見ぬふりしてるんじゃないのか? 最近ちょっと自信なくなってきた‥‥。

 久しぶりに、上質なよもぎ団子の誘惑に釣られ、俺は政宗の部屋へと遊びに行った。
 世話をかけた礼の気持ちも含まれてるらしく、それは美味しいものだった。これであのあん餅が、心おきなく俺の中で成仏できるというものだ。

「まぁなんにせよよかったよ」
 と、言うと政宗は押し黙った。
 イヤな予感がしつつも聞かずにはいられないっていうのは、俺がいいヤツであるための性分なのか? それとも好奇心に負けてるだけなのか?
「なんだよ、今度は」
 仕事もいつも通り進んでるし、二人の関係も悪くなさそうだし、相変わらず政宗は無茶ばっかり言ってるし、小十郎の小言も復活してるし。
 なにか問題でもあるか?
「あ゛‥‥なんていうか」
「なんていうか?」
「あんまり‥‥悪戯過ぎたり調子に乗ると、夜な、時々小十郎に笑顔でヤリ殺されそうになって‥‥」
 ──俺は、団子で釣られた自分が心底馬鹿だと思った。
「かってにしてろっっ バカップル!! 俺はもう関係ねぇ!!」
 絶対みんな、こいつらの関係知ってて見てみないふりしてる!
 うぅん、知らないけど絶対(以下略)

 当分俺は、政宗の所には遊びに行かないと、堅く心に誓った。






投了