伊達成実の憂鬱

  伊達成実の憂鬱シリーズ1.






 梵が‥‥いや、政宗が、小十郎の事が好きなのは百も承知。んーな事、伊達軍に関わる者なら、誰だって知っている。とはいえそれは、歪んだものじゃなく、家族とか、何て言うんだ、それこそ“主従ここにあり”といった健全な相思相愛。
 うーん、説明つかねぇな。
 それに、好きって言うのは生温いかなぁ。でもあいつら、愛じゃねぇよな。なんつーかな、例えの難しい奴等だ。
 とにかくまぁ、そこに色々突っ込むなんざ無粋な話。
 政宗の小十郎に対する信じられない無茶振りは、甘えの裏返しだし、その無茶振りに何事も無いように応える小十郎は、“厳しく教育したつもりが‥‥”なんて時々呟くが、それ、最大の甘やかしだろうよ? と、突っ込むのもめんどくさい。
 政宗の、困らせて反応窺おうなんて、“かまってくれ”といっているのと同じだ。それこそ何処のガキだ。図体がでかくなろうと、言ってる事が立派になろうと、小十郎に対する政宗の行動には、梵が見え、小十郎の瞳が時折見せるソレも、政宗の中にある本来の、梵を見るような柔らかい時がある。
 うまく言えねーが、そんな感じ。で、伊達軍の奴等は皆、無意識にそれを察していた。
 甘えようが、大暴れしようが、大喧嘩しようが、説教三時間たれてようが、無茶な我がまま押し付けてようが、死ぬほどの仕事に埋もれさせてようが、それ手合わせのレベルじゃねぇだろ?ってことやろうが、お互い心配し過ぎだろうが、惚れ込みすぎであろうが、ともかく普通に説明付いた。

“だってあれがウチの主従だもん”。

 が、突然、なんか二人ともが妙な距離のとり方をしてるのに気がついた。ギクシャクして、上手く仕事が回らない事もあったり。
 他の奴等は、さほど気にも留めなかったようだが(しょっちゅう喧嘩やらかすしな)、俺はちょっと引っかかった。それにあいつが心許して話せる相手なんて数少ない。それこそ一番の相手である小十郎と何かがあったなら、俺が相手するのが妥当だろう。
 相談相手がいない、話して吐き出す相手がいないというのは人間辛い。
 俺って出来てるよな。‥‥ま、正直好奇心もある。
 で、折をみて茶菓子片手に部屋に特攻。退屈してた政宗に「やったのか?」と、真っ向直球で聞いた。
 この状態、それしかねぇじゃん。
 多分そうだろうと思ったし、回りくどく聞いたって仕方ない。
 すると、少し間を置いた後、口をへの字に曲げ、頬をちょっと染めて、「‥‥した」と答えた。
 案の定一線を越えたか。
 思わず、「おめでとうよかったな」と言って殺されかけた。
 人が本心から祝ってやったのに、あの仕打ちはねぇよ。
 最初にも言ったが、政宗の小十郎に対する信頼度なんて、突っ込むのが馬鹿らしくなるほどだ。はっきり言ってアレも甘えの部類に入るといっていい。それでいて、応える小十郎も小十郎だ。目と目で会話するなんて言うが、時折簡単な仕草で会話している事がある。
 それだけ、あいつらは近すぎた。それだけ想い過ぎた。だから、一線を越えるなんざ無理だと思ってた。だからこそ、一つの形として成ったと知って、俺は素直に祝福したってのに。
 ま、この現状を話して、気持ちが楽になって、またいつもの政宗に戻ればそれでいいさ。
 だがその時から、俺は妙な立場に立たされる事となった。

 勧める茶菓子を口にせず、政宗はぶすっとした表情を崩さない。
 なんだ? 俺はちゃんと謝ったぞ?(死にたくなかったし)
 それともなんだ、
「‥‥うまくいかなかったのか?」
 勿論茶菓子の話ではない。
 まぁ、ありえる話だ。あのこじゅ兄‥‥もとい、小十郎が相手なのだから。いろんな意味で大変な気がする。小十郎はすましてやがるが、海千山千って感じは拭えねぇし、俺ならまず遠慮しとく。
 すると、政宗は見る見る頬を赤く染め、更に表情を険しくさせていった。
 げ。図星か?
「なんだ、政宗、俺等まだ若いんだしさ、男に対してそううまく勃」
「弄ばれた。」
「──は?」
「ぜってぇ遊ばれた。なんだよあいつは!あんな攻め方しやがって!この俺たけ何回イカせやがった」
「‥‥‥‥は?」
 まて。
 まてまてまてまてまてまて。
「すんげー余裕の表情されて、畜生! あいつ絶対俺よりイッてねぇ!クソ!ムカツク!!ふざけんな!! 人をどこぞの小娘見たく扱いやがって!今度ぎゃふんといわせてやる」
 ‥‥‥‥えーっと。
 俺はどこから突っ込めばいいんだ?
 回数か? テクニックか?
 燃えるとこそこじゃねぇだろうとか、人に話す事じゃねぇだろ? とか、えーっと、
「政宗、とりあえず落ち着け。そんな大声出したら城中筒抜けになる。」
 一気にまくし立ててきた政宗の口を冷静に塞ぎ、俺は聞き捨てならない言葉が入っていた、政宗の台詞を思い出す。
 えーっと。
「とりあえず、なんだ。“よかった”んだな」
 照れた表情を、唇を尖らせてごまかし、塞いだ手から逃れるよう、プイッと政宗はそっぽを向いた。
 よくわかる反応だ。
 に、しても、政宗もそこそこの遊人だぞ。それをこう言わせるのって、やっぱり小十郎は海千山千だったと再確認すると同時に、俺は、驚きの事実を知った。
「お前が敷かれたのかよ‥‥」
 驚いた。絶対政宗が小十郎を襲ったのだと思った。政宗のプライドの高さは半端ないところがある。その政宗が折れた。いや、折れたは違うか。そこまでしても、家臣ではない小十郎が欲しかったのか。そんでもって、“政宗命”の小十郎がその政宗に手を出した。これは想像つかなかった。
 いま、俺の中で静かにゲシュタルトが崩壊してる。主従なのだからと俺が勝手にそう思い込んでたところがあったにせよ、あの小十郎が‥‥ねぇ。
 へぇ‥‥。
 いや、別にこのネタで小十郎を遊んでやろうとか、強請ってやろうとか、そんなのは考えてないって。うん、考えてない。俺も命が惜しい。
「よく、小十郎がお前に手を出したな。」
「俺が再三ちょっかいかけるから、腹括ったんだろうよ。」
 それは違うと思う。
 小十郎にしてみれば、政宗に手を出すなんて、刃物向けたに等しい。何が何でも避けるはずだ。
 ‥‥心配になってきた。
「小十郎、朝、生きてたよな?」
「なんだその縁起でもねぇ話」
「いや‥‥腹切ってないかと」
「どういう意味だ」
「お前に手出したんだぜ?」
「何日前の話だと思ってる。それに俺が許可してるんだから問題ねぇだろう?」
 いや、実際は政宗が考えてるほど簡単な事じゃないと思うんだが。
 俺はなんだかすんげー引っかかる。
「ともかく内緒だな、お前らの関係」
「だな。喜多に小十郎殺されたらたまったもんじゃねぇ」
 あぁ。その点はわかっているのね。
 それに若手が占める伊達軍とはいえ、爺ども‥‥もとい穏健派もいる。その穏健派等のパイプを担っているのは小十郎だ。政宗に手を出した事実を知れば、そこからなんだとケチをつけるに違いない。
 本当に小十郎は厄介な立場だよな。普通でも。よく立ち回ってられる。‥‥俺、面倒だから任せっきりだが。
 話している間に少し落ち着いたかと思ったが、間が空くと、その時の事を思い出したのか、また顔が凄い形相となっていく。
「チィッ! やっぱり腹が立つ。今度はぜってぇ負けねぇ」
 ‥‥だから、果たし合いでもねぇって。
 闘争本能の持って行きよう間違ってないか?
 ぶつぶつと、どうやったら勝てるかみたいな事を考え始めている。つか、こういう事、他人に話していいのか? 慎みはどこだ? それとも俺はナチュラルにあてられてるのか?
 色々腑に落ちないながらも、「経験じゃね?」と、言ってみた。
「やっぱそうか」
「そりゃそうだろ」
 するとまた顎に手を置いて考え始めた。
 考えるものか? こういう事って。
 つーか俺、どんどん歪んだ相談事に付き合わされているような気がするのは気のせいか?
「考えたところでどうしょうもねぇだろ? こればっかりは実践だし」
「実践‥‥」
 じとっとした視線が合った。
 まて。
 まてまて。俺は綺麗な身体のままでいたい。
 ブンブンと頭と手を振っていると、怪訝な顔で吐き捨てられた。
「誰がテメェに手を出すか」
 俺の貞操の危機回避。
 やっぱり、政宗が猫なのは小十郎に限りそうだ。
「伽女に聞くか‥‥」
「男の喜ばせ方? なんかそれも健康的じゃねぇな。」
 いや、この話題自体が健全じゃないか。
「じゃぁどうやって小十郎に勝てると思うよ?」
 だから、勝ち負けから離れようよ。
 昔っからこいつはそうだ。小十郎に対する負けん気はなんなんだ。
 大体こいつが六本刀使い出したのもそうだ。小十郎に勝つためだ。一本じゃ勝てないからって二本になったまではいいが、それからあれよあれよと六本。
 まぁ、男として勝負に負けるっていうのは、耐えられないものだが、お前が今話してるのは閨話だ。断じて勝負事じゃないはずだ。
 気付け、政宗。
「まぁ、そうだなぁ…」
 とは思っても、聞かれてしまうと思わず真剣に考える。
 俺ってほんと付き合いのいいヤツだ。うんうん。
「やっぱ実践じゃね? 負けて勝つって言葉もあるし、伽女とか稚児使うよりは、本人で実戦経験が一番よくねえ?」
 もうとりあえず行くところまでいっちまったわけだし、恥ずかしがる事でもないだろうと何気なく言うと、あれよあれよと政宗は頬を染めた。
 なんだ!? この初々しさは?
「──いい。」
「なんだよ。今更遠慮する間柄でもなんでもねぇだろう」
「小十郎は──とうぶんいい。」
「? 変な事いうヤツだな。今さっき今度は勝ってやるだの何だの言ってながら、とうぶん…」
「──たない。」
「は?」
「身がもたねぇっつーんだよ!」
 真っ赤な顔で怒鳴り散らされた。
 ‥‥まて。
 これは。
 色々とつっこんどく必要があるような気がしてきた。
 うん、別に、好奇心とか出歯亀とかそんなんじゃないから。うん。
 俺は主であり、政宗の気持ちを思ってだなぁ。うん。
 ‥‥多分。
 いや、しかし、ここで話に乗ると、超おかしな方向に行くような気もする。もう“乗らなくて良い相談事”の域だ。
 それに、政宗は肝心なところに気付いてねぇ。これ自体聞くとただのよた話に聞こえるが、相手はあの小十郎だぜ? 一にも二にも伊達政宗の事を考える“重臣”だぜ? 正直、政宗を組み敷いた時点で何かが崩壊してる。
 うん、そうだ。俺の考えが正しければ、この話はここで止めておいた方が良い。いろんな意味で。
「政宗よぅ」
「あん?」
「お前、勝ってるって」
「なにが?」
「お前、既に勝ってるんだって。小十郎に」
「? 意味わかんねぇぞ」
 小首を政宗はかしげる。
「だから、お前に手を出した時点で、お前が勝ってるんだって」
「?」
「よーく考えろよ、小十郎を。今伊達軍の冷静と的確な判断を握っているって言うのはアイツだといっていい(時々切れるが)」
「まぁな」
「でもってそれが重臣・片倉小十郎なわけじゃんか。それがお前を組み敷いた時点でアイツは重臣じゃなくなってる」
「? それは俺が許可‥‥」
「許可云々じゃねぇの。お前の右目──重臣である事を全てとしてるあいつから、その全てを奪ったんだ。お前の勝ちだよ。政宗」
 理解できそうな、できなさそうな顔の政宗に、俺は説明を続ける。
 だって、やっぱ夜事を勝負として考えるのは健全じゃないと思うからさ、この辺りでちょっと決着つけておいた方が絶対いい。
「閨話なんてさ、理性の奪い合いでもあるわけだ。それを勝負と見立てるなら、あの石頭縺れ込ませた時点でお前が勝ってる。」
 納得するような、納得しないような、複雑な表情を見せつつも、やっと余裕が出てきたのか、政宗は茶菓子に手を伸ばした。
 まぁ少なからず“小十郎を落とした”という、その辺りの自覚っつーか自負はあるようだな。
 よし。勝負から離れてくれそうだ。
 つーか、この話題から離れてくれ。
「勝負云々にこだわる必要ないって。第一まだそんなに一緒になってねーんだろ? 気にしすぎ気にしすぎ。追々立場一緒になるって」
「ふむ」なんていって、この時、この話に一応の収拾はついた。


 俺ってば偉いよな。こじれる前に色んなもの回避して。縁の下の力持ちって奴?
 ただ‥‥言わなかったが実は引っかかってた。
“弄ばれてる”ってやつ。と“身が持たない”宣言。
 話の都合上、気のし過ぎとして流したけど、多分、本当に、弄ばれているんだと思う。これを言うとまた攀じれるから言わなかったが。
 そう思ったのは、小十郎が政宗に手を出す時点で、常識とか道徳とか倫理とか、多分そういった一切合財を投げたと思ったからだ。
 一切投げて政宗に手をつけた。
 それは政宗には、そして勿論俺にも、想像つかない小十郎が政宗を手にしたんだと思う。
 欲されるままに手にかかれば、そりゃ弄ばれた感があって当たり前だ。
 まぁなんだ。お互いがお互いにまだ慣れてないから、そのうち色々と慣れるだろう。
 ‥‥いや、慣れてくれ。そして周りを巻き込むな。
 それに‥‥俺はちょっと羨ましくも思ってた。
 だってよ? 俺はあいつらほど何かを欲した事も欲された事もない。人並みの、他の事をすればちょっと流されてしまいそうな欲ぐらいしか経験した事がない。だけどあいつらは違った。多分、深いところで繋がり過ぎて、欲が綺麗になりすぎてた。綺麗になりすぎて、形にならなかった。
 その、形と成るはずじゃなかったものがなったんだ。
「やっぱり“おめでとう”じゃん」
 俺はそう思った。
 心底。
 大団円だと思った。

 ──んが。


「成実よ」
「なんだ?」
「あれからやっぱり勝ったためしがねぇんだが‥‥」

 まだ勝負に拘ってるかこの男は。

 数日後、もう出されないと思っていた話題を、他愛もない話の中突然掘り起こされた俺は、ひじ掛けに体重をかけ、他人事のようにくつろぎ茶菓子を頬張る政宗に、何か投げつけたい気分になった。
 俺は他の奴らがまだ気づいていない、こいつらのバカップルぶりを黙認してるから腹が立つ。
 別に表向きはそう酷くならなかった‥‥と思う。その辺りはあいつらもよく弁えてるもので。
 ただ、政宗と小十郎の株は、侍女達の間で一気に上がった。いや、若衆もそうだ。その原因はあれだ。互いを意識する無意識が、その‥‥例えて言うなら、美味い酒の栓がほんの少しでも開いてたとする。すれば、そこから漏れる香りは、微かな香りであっても、人にその酒の美味さを教え、興味を引いてしまう。
 ま、好意的に取れば、罪のない無意識の色気や貫禄がついたってことで片付くし、それはそれでいいんだが‥‥内訳知ってる俺にしたら、時々「てめぇらいい加減にしろ」とうんぬん。
 そりゃこんな話題出来るの俺しかいねぇから、仕方ないつちゃないが。

 な ん か 違 う く ね ぇ か ?

「梵、だからそこから離れろと‥‥」
 色々と不健康だ。そしてまだそこから離れられてないのかお前。
 えーっと、あの告白はどのくらい前の話だったっけ‥‥
「どうやったら勝てると思う? なあ、成実」
「知るか! ボケ」
 真剣な顔して相談するな! ノンケの俺がわかるわけねぇだろ。しかも相手はあの小十郎だ。想像もつかねぇ。
「! こっちが真面目に相談してるのにその態度かよ」
「相談の内容がおかしいだろ、内容が!」
「おかしくねぇだろう。俺たちは打倒小十郎同盟組んだ仲じゃねぇか」
「いつの話だ、いつの! 子供ン時だろうが! それにそれは元々武芸とかそんな事で、閨話なんて持ち込むな」
「別にテメーを閨になんか入れたくねぇ」
「俺だって、んーな所入りたくねぇっ!」
“ちっ、役にたたねぇ”などと言って、口を尖らせぶつぶつ言い始める。
 どうしよう。こいつ、微妙に話が合ってねぇ。
 つーか、勝つ(?)までに又相談されそうな気がするのは気のせいか?

 ‥‥‥‥

 考えるのやめよう。鬱になる。
「成実よ」
「勝ち負けから離れろ。どうせ俺たちは小十郎に勝てた試しがねぇんだから」
 事実を上げ、力業で話をねじ伏せると、唇を尖らせて結び、頬を膨らませる。

 早く、何とかしないと。






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