I love you







「I love you‥‥ねぇ」

 南蛮書物を書机に広げ、ぽつりと元服したての若き主はそう呟いた。
「又新しい南蛮語ですか?」
 気が散らない程度に部屋を片づけていた重臣は、微笑んでそう言う。
 本当に好奇心旺盛の主だ。勤勉でもあるし集中すると飽きる事を知らない。
「新しい‥‥って訳でもないけどよ」
 そう言って少し複雑な表情をして、主は口を尖らせる。
 好きな南蛮語に関してする珍しい反応に“おや?”と重臣は軽く小首を傾げた。
「して、その“なんとか武勇”とはどういった意味で?」
「“武勇”ってお前なぁ‥‥」
 複雑な表情をした若き主を和ませようと話を広げた重臣に、少し呆れた表情を浮かべてから「あー‥‥」と軽く言い淀む。
「?」
「ま、いっか。“I”は“私”」
 指先で、コツコツと主は己の胸を叩く。
「“Love”は“愛”で、“You”は貴方を‥‥」
 説明に何気なく重臣を指差してしまい、指先から視線をあげると、当たり前の事だが目が合う。
 途端、若き主は真っ赤になって慌てふためいた。
「べべべべ、別にお前を愛してるとかそう言った事じゃなくて、今のは説明で」
 あまりの慌てふためきように、思わず吹き出してから重臣は微笑む。
「解っておりますよ。ご教授、有り難うございます」
「お、おうよ」
 少しずつ落ち着いてきたとはいえ赤い顔で動揺の隠し切れていない主の姿に、どうしても頬が緩む。
“いかんいかん”と心の中で呟き、重臣は話を続けた。
「しかし、聞く限りよい言葉のように思いますが、どうしてそのような顔をなさってますか?」
「え? あぁ‥‥」
 彼にとって新しく南蛮語を覚える事は楽しいはずが、少々つまらなげに呟かれたのが、重臣にとって気にかかったようだ。
「別に。ただ知っても使い道ねぇなぁと」
 あぁ、なるほどと妙に納得してしまった。彼はただ知るだけではなく実用するのが常であるし、日常にも使い、その言葉をものにする。確かに“I love you”では実用するにも日常使うにも色々と問題がある。
「知っていて損はないですよ」
「そりゃ損はねぇけど‥‥」
 そういって少し拗ねる若き主が、この言葉を使えるのはまだまだ先かと重臣は微笑む。
 誰に向けてまず最初に呟くか。傅役として長年付き合ってきた者として、親心的心境がわき始める。
「それにしてもいい言葉ですね」
「あ?」
「“愛しています”という事でしょう? とてもよい言葉だと思いますよ」
「お、おぅ」
 少し頬を染めながら平静を装う彼の姿に、ふと悪戯心が芽生える。
「この小十郎は、政宗様にあいらぶゆーですよ」
 一瞬にして見事に耳まで真っ赤にした主に、たまらず笑い声が出てしまった。
「──〜!! 小十郎!! キサマ主をからかったな!!」
「からかっていませんよ。本心です。本心。」
 そうはいっても緩んだ頬はすぐには引き締まらず、重臣は、頬が引き締まるまで柔らかで甘い抗議を受け続ける事となった。