第一章
不楽是加何 恋獄恋慕之篇01
板の間とは不思議なモノで、人から出る脂を程よく吸っているからだろうか、微かな光を柔らかく反射する。部屋に置かれている行灯の数はさして多くないのだが、その黒光りする木の光沢が十分に忍の表情を浮き上がらせる。
「なんか俺様、凄いもの見ちゃったよ」
畏まった広い部屋に、少し腰を浮かせた独特な正座をして忍は、主達の前だというのに気軽な言葉から入り「いやー、参ったねぇ」などと続けて頭を掻いた。
「なんだ? 何を見たのだ佐助」
夜の帳の中、高行灯の芯が時折ジリリと焼ける音すら聞こえる静かな部屋で、若い主は勿体ぶる忍に食らいつかんばかりの勢いで声を上げ、高まる気持ちを抑えられず坐したまま、凄むように前屈みでずりずりと忍の横にまで迫り寄った。
「あ、いや、なんて言うの? 竜本来の力……いや片鱗かな? それを見たって言うかね、いやあれは右目の旦那だからやっぱり未知数なんだろうけど、統べるんだからやっぱりなんて言うかもぅ」
「えーい! それでは解らぬではないか佐助!」
せっかく好敵手の話題が的を射ない報告のため苛立ちを隠せない若い主を余所に「カカッ」と屋敷の主である御大将は豪快に笑った。
「まぁそう焦るでない幸村。で、戦況は?」
空になった盃で軽く指し、ついりと上下させて御大将は次の言葉を催促する。こういった催促をする場合、大体、この大将の予想通りに事が運んでいる。まるで子供が、自信のある問題の答え合わせをやっているかのようだと忍は時折思う。
「戦況の方は言わずもがなで北条軍……いや、伊達と長曾我部の連合が場を制しましたよ。──とはいえ正しくは竜の力を図るために豊臣が用意した戦局。この場合の勝ち負けはなしかと」
「フフッ。力を見るためにあの領域一帯を差し出すような計をとるとは。どう見る? お客人」
振られた言葉に、大将と差し向かいに並んでいた客人は、口元まで持ってきていた盃をぴたりと止め、微妙な間を開けてから口を開いた。
「さてねぇ。残念ながら俺は何も生まない戦になんて興味なくてね。誰が何処を取ろうが取られまいが、全く関係のない話。もうちょっとこう、色っぽい話はないの?」
気を留めるでもないようにそう言って彼は姿勢を崩す。
頭の上でまとめ、たらりと馬の尾のように下げていた髪が揺れた。
「くくくっ」とまた大将は笑う。いつもの豪快なモノではなく、含んだような笑い声に忍は一つ溜息を吐いた。厄介なモノが顔を出したと言いたげに。
剛毅・剛胆だけでは将は務まらない。客人はそこを今一読めていない。そしてそんな主の興というのは人を“愛でる”という事だ。そこにはまぁ、色々な意味が含まれているが、自分の手でと限定せずに、人が育ち・変化するというそれを楽しむクセがある。
人の変化ほど想像が付きにくく、とばっちりの多いモノはないというのに……と、そのとばっちりを一番負いやすい忍はもう一度溜息を吐く。
経験上の勘だが、大将はこの客人も興の一つにするつもりらしい。
「何か他に変わった事はなかったか? 伊達政宗殿は──」
「安心して旦那。竜の旦那に何かあるわけはないから。問題は」
「右目──か」
呟かれた言葉。そこまで予見していたという素振りに、仕える者として嬉しいような敗北感が胸に広がる。
「ハッ」
「!? 片倉殿がいったい? 負傷でもなされたか?」
「落ち着いて。風魔も居て、俺様も終始見ていた訳じゃないからハッキリとは言えないけど……──人の殺しすぎだ」
ピリリとその場の空気が張り詰める。
己らの生業としている事は戦だ。斬るか斬られるかだ。『人の殺しすぎ』など、問題としても上がらないような生き様だ。そんな生き方を選んでいても“おかしさ”というものは存在する。
「封が切れたという事か」
「何とか鞘に収まりましたが、封が切れる所を」
自然と、丁寧な口ぶりになる。全部を見たわけではなかった。自分が見たのはほんの一時だろう。それでも、あの光景を目撃したとき、初めて怖さを知った日の事を一瞬だが思い出したのだ。得体の知れないものと対峙する時のあの感覚を。少なからず、把握したと思っていた者に対して。
「……」
少し、唇を軽く舐めて濡らす。喋らないで場を重くするのは忍の主義ではなかった。
「今後、あの歓迎したくない竹中半兵衛率いる豊臣軍は、奥州攻略に関して竜本体を狙わず右目を狙う事は確実でしょう。誰だってあれを見てしまえば、まずは──」
と、最後を言う前に「ぶははははは」とそれは豪快な笑い声が部屋にこだまし、部屋の仕切り戸板がびりびりと震える。
忍びも含め、場にいた三人の若者は目を大きく見開き大将を見た。
「竜本体を狙わずまず右目と? うははは。こりゃ面白い」
誰も突っ込まなければずっと笑っていそうな勢いに、仕方なく忍は「大将?」と声をかける。
「のう、佐助」
「はい」
「お前は正気の竜と狂った竜、どちらの相手がしたい?」
「!」
試す言葉に、一瞬いつもの調子を忘れしまったが、慌てて顔を取り繕う。
「大将、命令に従うのが俺様のお仕事だから、狂った竜でもお相手しますよ」
「ふむ。儂は御免こうむるな。戦にもならんだろうし極も読めん。狂った竜と一戦交えたところでなんの足しにもならん。むしろ狂気が感染る。それが解らぬとは竹中半兵衛、軍師として……いや、人としてまだまだ青い」
静かに盃に酒を注ぎなおし飲み干すと、大将は何処を見でもなく不敵に笑った。
「豊臣の天下、まだまだ先になりそうだ。愉快愉快」
“がはははは”とふたたび笑い出した大将に、げっそりと気が滅入ってくるのを忍は感じた。
「愉快でもなんでもないですよ、大将! 竜が拠点を奥州の山奥から武蔵に南下させた事には変わりない。加えて毛利水軍と渡り歩いた西海の鬼と共闘だ。明智も豊臣も魔王のお膝元以外での動きが目立ち始めているってのに──」
と、殆どを一気に言ってから、ガラでもない事をと忍は口を噤み、それを見てまた大将は大笑いをする。
「佐助、今からいい季節だ。」
「はい?」
「急いた宴の宵が一度醒め、個々に己を見直す冬──そうなれば又違うモノが出てくるだろう。結論はまだ先でいい。動かざる事山の如し……ふはははは」
一頻り笑い終わると盃の酒を上機嫌で飲み干す。何が楽しいのかと聞きたくなるが、聞いたら聞いたで余計な仕事が増えそうで、ため息を吐いて忍は終わりとした。
が、隣で、落ち着きなくもう一人の主がうずうずと、何か言いたそうにしている。
ここで彼を黙らせれば、やっかいな仕事が一つ減るのはわかっているが、彼の自由は奪いたくない。何をいってもそう、心から仕えようと思う主なのだから。
「お、お屋形様、そ、某に用向きはございませぬか?」
「ほ? 用向きとな?」
「ハッ。此度の一件で伊達殿が小田原城に居るとなれば、なにかと、」
「なにかと?」
「なにかと……」
語尾はごにょごにょと萎んでいってしまう。別に確固とした考えがあって彼が言い出したわけでないことぐらい、大将も忍も知っている。
そう、彼が理屈で動く人間ではないことぐらい。
ただ気になるのだ。好敵手が。そして負傷したというその重臣が。そこに敵であるとか、そういった理屈はなく。
「お客人」
「?」
「こういっては何かもしれんが、うちの幸村を見習ってみてはどうかな」
「……?」
「思うままに行動する……人にとっては時にそれも大事な事だと思うぞ?」
その言葉に、客人も忍も静かに驚いた。
“天下の風来坊”とこの客人を語るには外せないような枕詞を持つ男である。どこに属することなく、気ままに旅をし、まさしく思うままに行動しているような男に対してその台詞。
「これはこれは、甲斐の虎は吹く風は自由でないって?」
「ふふ。風とは自由に見えて、一定の理屈を踏み越えることはない。思うがままと言いながら、何かをきっちりと避けてはおらぬか? 理の上で成している・理屈を踏まえて成していると言いながら、己の思った通りにしか物事を進ませない・進ませていない、お前の会いたい者達と真逆のようだ」
「……何が言いたい」
「言いたいことは今いったぞ」
口元に笑みを絶やそうとしない大将を、らしくない厳しい顔つきで客人は凝視するが、忍にしてみれば、大将があの表情を浮かべている時は無敵である。何をしようとも無駄。もしくは逆に探られたくない腹を探られてしまうことがある。大人しくしといた方がいいよ〜と、心の中で呟いてみる。
「佐助」
「ハッ」
「そろそろ雪で道が閉ざされる。直接南塩が届くのも時期としてはぎりぎりか……」
「は? えぇまぁ」
甲斐・信濃は周りを山で囲まれている。そのために陸の孤島となりやすく塩の調達に関しては敏感である。常時調達するルートはいくつも確保しており、また確実性を一番とし、武蔵や相模、駿河からの塩のルートを数多く有する。
冬は弥が上にも物流は滞る。そのため塩など備蓄できる物は冬に掛かる前に十分な量を確保しているはず。
なのに、わざわざ塩の話題……
「新しく東国に鎮座する竜に祝いの盃でも送るか」
「?」
静かに膳の上に盃を置き、ゆっくりと酒を注ぎ始める。
とくとくと、心地よい水音が響いた。
「雪が道を覆い隠すには、まだもう少し猶予がある。その猶予を生かすも殺すも、己次第じゃ。のぅ、竜よ」
甲斐の山の奥で虎は、ここには居ない竜に盃を上げた。
第一章
それはそれは、見事に撲殺されかかっていた。
課題山積・問題山積・難題山積。どう例えてもいいが、とにかく面白くないものに殺されかかっていた。与えられた仕事に対し、不平不満が出るタイプではないが、限度を超えるとそれは普通の人間。愚痴の一つも出る。一体全体何が哀しくてとどこかに吐き出したくもなったが、己が選んだ仕事なので仕方がない。幼い頃から自分に関わる物事の諦めは早かった。
傍小姓や部下達は気を使ってあまり無理はしないようと声をかけてくるが、正直無理をしなければ無くならない問題量。
顔を上げ、ふうと息を吐くことを思い出したように大きく溜息を吐いて筆を置き、肩に手を置いて少し揉みながら首を回す。机に縛り付いた状態だったので、少し揉んだだけで身体がぎしぎしと悲鳴を上げた。
男片倉小十郎二十九歳。まだ執務専門で収まる歳でもない。
気分転換にと立ち上がって部屋を出る。
障子戸を開けると、待ち構えていたとばかりに冷たい風が頬を撫で、冬将軍の到来を知らせる。が、目に飛び込んできた内庭が白い雪景色ではなく、まだ緑と紅葉が残る風景に少々ドキリとした。
「……? 小十郎様? いかがいたしましたか」
部屋の外の廊下で控えていた傍小姓が、不思議そうに小十郎の顔を仰ぐ。「いや、なんでもない」と誤魔化すが、そうでもなかった。
まだこの風景に慣れないのだ。この、出来た傍小姓にも。部屋の中ばかりに居ると特に。いや、もしかすると慣れないものを遮るために、本能的に己は部屋の中に閉じこもっていたのかも知れないと思う。
ここは、慣れ親しんだ奥州ではないだ。
事の発端は秋も終わり、冬にさしかかろうとする頃。
動き出した諸国の情勢を知りたいと、小十郎が仕える唯一無二の主、伊達政宗は旅に出ると言いだした。
一国……いや、州を束ねる主が国をほっぽり出して諸国漫遊を計画するなどあってはならない事なのだが、やってのけてしまう怖ろしい主に仕えているのが小十郎にとっての運の尽きだった。
各国に口八丁な根回しも済ませ、全国を巡る足も早い方がいいと、西海の鬼と異名を持つ長曾我部元親の船という足を借りてまでの旅となり、まずは三河を目指すはず……だった。
こんな無茶な計画が易々と行く訳がないと腹は括っていたものの、初っ端から大事に巻き込まれ。
通りすぎる予定だった東国・武蔵の国北条氏政へ向けて行われた豊臣軍の奇襲。同盟国という名の元参戦した政宗達だったが、それは敵の策でもあった。
相手が用意したのは、北の地奥州に留まり、今一つ計りかねる伊達軍の力を見るための策が一つ。そしてあわよくば、竜の右目と称される政宗の重臣・小十郎を殺ぐための策が一つ──。
しかしその過ぎた策は愚策となり、小十郎は今もこうして生きており、結果として伊達軍は好機を掴む戦となった。
戦いの後政宗は、小田原城を拠点とする氏政にどこをどう説得したのか(半分脅しじみていたことは容易に想像できるが)、伊達軍と長曾我部軍を今後の襲撃に対しての警護として、この城・この土地に駐屯させることを許可させたのだ。
警護といえば聞こえはいいが、少しずつだが政宗の考え方を浸透させる又は、伊達の息のかかるものを配置してゆく、いわば体のいい内部侵略。ただ人一倍警戒心の強い政宗が、こんなことだけで東国は俺のものだと思うはずはなく、確実に領土を南へと手を伸ばしてゆくために、そして策を練るための一歩として、人が動かないと同時に物事も動かなくなる冬にじわじわと力を広げ、それでいて決め手となるもう一手を、ここで滞在しながらゆっくりと考えるという策を取った。
そのため、小十郎の仕事量は馬鹿ほど増えた。
氏政から得られる限りの信頼を得るため、手の貸せる仕事には手を貸し、回せる知恵は回し、そこで得た情報をまとめつつ、情勢を探りと、伊達家のために情報を収集しながら、北条家の問題もみてまわるという、器用な状態をこなす。
元々、外面はいい方である。正確にいうと武家ではないため、いびられる立ち位置を長く過ごしたせいか、そういった方々の扱いは慣れている。また氏政自身も何世代も下の、話が通じているのか通じていないのかよくわからない政宗と話をするよりも、身分差も踏まえた上でさらに心地よく一歩を引いて行動する、小十郎の方へと話を通すことが多くなった。
そして政宗自身も、多くの伊達軍をこの国に入れたところで、間借りである立場以上の目立った行動をすることはなく、大きく氏政本人や傘下の者を動揺させることはなかった。その辺り、立ち振る舞いをよく理解している。
そんな計算高い政宗の頭に描かれているモノが、この領地をただ手中に治めることではなく、その先の何かもっと大きなものを描いていると小十郎は想像出来た。からこそ、ただ黙々と、己が出来る仕事をこなしていた。
今行っているこれがどういった礎になるか分らないとしても、礎となるのならしっかりとしたものをと。
その結果、屋敷の中に小十郎は進んで縛り付けられることとなり。
氏政から借り受けたこの屋敷は、先の戦で建てられた石垣山の一夜城も伊達軍が管轄するとあり、小田原城内南の、氏政が休憩するために作られた大きな数寄屋造りの別邸。
大きいとはいえ慣れ親しんだ城と比べてしまえばそれは二の丸にも及ばないが、程よい手狭感と、趣の集約されているこの造りは政宗の大変気に入るところで、大した不満もでずに過ごしている。位置的にも城内にあるとはいえ、敷地面積が本城・米沢城とは……いや、全国何処を見ても、この小田原城の様な城下町すら城内として囲う、桁の違う広さを誇る城はないだろう。そのため、ほぼ城内という名の城外に位置した場所にあり、のびのびと行動することが出来た。
「ところで……柊」
「はい、小十郎様」
そういって、見目のいい傍小姓は片膝を着いたまま頭を下げる。
氏政が小十郎にと用意した傍小姓だった。
用意された屋敷同様、整い、従順で気の利いた、かゆいところに手が届くような出来た使用人だ。氏政の好みが伺える。
もちろん小十郎の傍小姓として置くことに関しては、伊達の若い者達からは「北条の者を傍に置くなら、是非俺が!」と申し出る志願者も少なくなかったが、この地を治めるにしては何より絶対数が少ない伊達傘下の者。伊達の、奥州の者としての意志を持って動ける者は、なるべく散らして有意義に使いたかったし、自分へ気を回されるよりも、その心遣いを主・政宗へと向けて欲しかった。少しでも、心落ち着く故郷のように。
そしてこの傍小姓を置くことで、氏政の疑心や不安が少なからず解消されるのであれば全く問題はなかった。氏政が危惧とすることを己も、そして政宗も考えていないのだから、程よくその意図が筒抜けるのなら願ってもない。
「政宗様からの連絡は」
小十郎の口から出たその言葉に、困った風に眉を寄せ、柊は俯いた。
「それが、全くといって……」
「──そうか、すまねぇな」
判っていた事を聞いてしまい、声に出して「ふう」とため息を吐き中庭を眺めると、柊は小十郎へと勢いよく顔を上げた。
「本当に、十日も経たぬような某では小十郎様の御信用に能わぬかと思いますがその、」
慌てて弁明を始める柊に、小十郎はきょとりとする。
伊達軍では日常茶飯事……とまでは言いたくないが、主が勝手に抜け出すであるとか、ほとんど小十郎相手にだが喧嘩をする・無茶ぶりをするというのはよくある話なので、ちょっとした騒動にはなるものの全て想定の範囲内であり、今回は特に承知の上なので必要以上気に騒ぐこともなかったが、常識的に考えてみれば、一国の主が国を空けるというのも想像がつかない上、右目……もとい、右腕を放っておいてまともな連絡もよこさず、同盟国とはいえ他国の領地を視察……といってお泊まりで出て行くなどまずない。
自分も含め伊達軍の者が驚かなくなっているのは、いい事なのか悪い事なのか。あまりいい事ではないがともかく、新人の彼が勤めるには、ハラハラしっぱなしの軍である事は間違いない。
「安心してくれ。お前が思っている以上に俺はお前を信用していると思うぞ。──こぞ……いや、長曾我部殿からは何か連絡は?」
「そちらも、先日届いた文のみで」
「ふむ。まぁ西海の鬼が一緒なら政宗様も下手に動けまい。……余計な心配をかけたな」
にこりと彼の緊張を解すよう微笑み、また部屋に籠もろうとする小十郎に、柊は有無を聞くことなく「お茶をお持ちいたします」と強く宣言し、パタパタと慌ただしく走り去った。
その背中に苦笑いを浮かべて小十郎は部屋へと入り、机の前の定位置へと戻る。
そう、数日前からこの屋敷に主である政宗はいない。
北条領の視察に出ると言いだした政宗にさほど異を唱えるわけでもなく、その視察に小十郎を同行させないとの宣言にも必要以上食い下がることもなく見送った。
政宗の行動は確かに無茶なことが多い。が、それは出来る範囲の無茶であり、計画内の事だと解っている。子供のように振る舞うこと目に付く彼だが、全部が全部そういった訳ではない。
王なのだ。奥州の。そして、自らの身と魂を懸けても良いと思う人物なのだ。彼の考えと閃きを信じている──簡単に言えばそれだけのこと。
長い間仕えているからこそ判るが、綿密な青写真を描いている時の政宗の顔つきは違う。描き出そうとしているものがそうなるかならないか、その判断のため視察は必要だとあの瞳は語っていた。その心に対して異を唱える必要もなく。
また“旅は道連れ”という形となった長曾我部元親が同行している。
達観の力に関して二人よく似ているのだが、着眼点が見事に違う。それでいて元親の根は、折り目正しく素直だと感じ、政宗のいいストッパーになるかもしれないと感じた。そして、なんだかんだと気が合いそうな二人。堅苦しい目のないところで膝を突き合わせ語りたい事もあるだろう。
そして己も、今抱えている仕事を放り投げ、盲目的に「政宗様」と仕える訳にはゆかなかった。
自分の代わりになる者や分担できる者がいるならいいが、何度も言うように生憎ここは本拠地ではない。代わりになるような者はすべて奥州に残しているし、分担できる者は他の仕事に回ってもらいたい。そしてせっかく政宗がこの地に爪を掛けたのなら、何としてでもそこを死守し、確固たるものとしなければ意味がない。政宗も小十郎もここから出てしまえば、簡単に全てを反故される恐れがあった。
心配と言えば心配だが、視察の旅には部下達の中から、長曾我部軍から技術を学ぶ者や情報収拾役と北条家護衛としての部隊以外を連れて一緒に政宗は出ていった。
隠密の旅のようなものでなく公然と分隊を連れての視察なら、面だっての護衛も出来、危険も減るだろう。これだけの条件がそろえば同行しなくていい。無理にごねて同行する必要もない。
ただ──その、頭で解っていることや最善の選択とは別に、ついてゆきたい気持ちがあったことは偽れない。この旅を機会に親離れ子離れなどと例えて見ても、実際子など背中を押せば親から離れて悟って巣立つもの。取り残されるのはいつも親の方だ。しかも本当に親族のような、美しい感情であるならその未練もまだ許されるだろう。
独占できるはずもない対象を、どこか独占しようとしている心の断片が、ちらりちらりと見えるのだ。奪えるはずもない対象を奪おうとするような……
「──っ」
何故覚えているのかと思う。あの時のことを。正気を失っているのであれば全て忘れていればいいのに、都合の悪いところはしっかりと覚えてる。──いや、あれは“正気を失った”訳では無く、ただ本性が出ただけの話なのかも知れない。
己は、あれほど浅ましく──
弾かれるように顔を上げる。ぱたぱたと、障子の向こうから慌ててはいるものの、大きな音を極力出さないようこちらへ向かいくる足音が聞こえた。あの足音は柊だろう。連れてきた伊達の若い者ではこうゆくまい。
立ち上がり部屋の外に出ると、廊下で待っていた小十郎の姿を確認して柊はパッと顔を明るくする。
茶を用意すると言って手ぶらなところを見ると、急のようだ。
「何事だ?」
「は、はい、政宗様が」
「!? 政宗様がどうした!」
「政宗様がお戻りになったようで、本丸にいらっしゃる氏政様の元へと先に挨拶へ向かったと」
「おぉ、そうか。ご無事で何よりだ」
胸を撫で下ろす時に吐く息というものは、身体の奥底に溜まった重苦しい、よくないものが一気に吐き出される息だと小十郎は実感する。今の一息で、どれほど身が軽くなった事か。
だが柊は安堵する小十郎へ、申し訳なさそうに躊躇いながら言葉を続けた。
「それが……ですね」
「? 政宗様に何か?」
「いえ、違います、あの、政宗様についておられた方々がこちらの屋敷へ帰ってらっしゃったのですが……」
「? 今日の分の食料が足りぬか? まったく、帰ってくるならば事前に」
「違うのです、その、皆様全員を覚えているわけではないのですが、あ……違うのです」
「違う?」
「はい。政宗様が旅立った時に見受けられたお連れの方のお顔が、一人もお見受けできず……」
「!? なんだと? それでは挨拶に向かわれたというのも、」
「あの、某では確証が得られません。まずは小十郎様が……」と、彼が言い終わる前に小十郎は早足で歩き始めた。
もし彼の言う事が本当ならばどうなる? 挨拶に向かったといわれる政宗は偽物か? いや、その前にこの屋敷には本城に勤めていたものもいる。知らない顔の集団が門を跨ごうとして不審に思わないわけがない。
それでも、それでも不安が襲う。冷静に考えれば判るはずの答えを不安がかき消し、正しい判断に時間を要する。その上、さらに色のない世界へと放り込んで視界を狭めていくが、小十郎は構うことなくただ黙々と外を目指し廊下を歩いた。
政宗様は無事なのか?──その思いに思考が満たされ、自分が軽い混乱状態に陥っている事に気がつかない。
ともかく、ともかく確認しよう。本丸に向かい、一目、その姿さえ見る事が出来たなら。一言、その声が聞こえるのなら。そして、少しでも早く──
「お、こじゅ兄、元気そうだな」
ふっと、気楽に掛けられた言葉が、小十郎を不安という呪縛から解き放ち、正気が視界に色を付ける。
拓いた視界。外に向かうための廊下で鉢合わせた人物に、小十郎は大きく瞼を瞬かせ、その後瞬きを忘れ口をぱっくりと開けてしまった。
正気に戻ったはずだが、正気になったらなったでここにいるはずがない人物と廊下で鉢合わせたからだ。
そんな小十郎を、相手もまじまじと見つめてからボリボリと頬を掻く。
「──でもねぇか。顔色が悪いぜ? どうせ又無茶して……」
相手は、小十郎の心情など知る由もなく、変わらぬ調子で話し始める。その後ろではこの旅に同行していなかったはずの見慣れた顔の連中が、各々「小十郎様、お久しぶりっス」「お世話になります!!」など畳みかけるように声を掛けてくる。
この混乱には自覚があった。そしてこれはもう、落とすものを落とさないと、口も塞がらないし話も始まらない。
「成実! どうしてテメェがここにいるっっ!?」
快晴の空に、大きな雷声が響いた。
□■□
「だからー、俺は話したかどうか聞いたんだ。なのに梵が……。大体、梵にだけ降ればいいお小言をなんで俺まで引っ被らなきゃなんねーんだよ!」
「こういう問題は一蓮托生だろ?」
「えぇ。その言葉は非常に同感致しますが、まったく反省の色が見えないのはどういう事ですか!!」
ガラガラガラガラ!! と雷と変わらぬ怒鳴り声に、傍らに座っていた成実は、条件反射で姿勢を正して正座し直し、胡座をかいて上座でふんぞり返っていた政宗も、己の肩がビクリと震えた事にムスリと唇を曲げた。幼い頃の教育とはかくも怖ろしいものかと思いながら、小十郎と張り合うように脇息に片肘をかけ、政宗は身体を預けた。
眉間にこれ以上増やすことの出来ない皺の溝を作った小十郎が、鬼の形相で二人を睨ん……いや、見つめている。
何事もなく無事帰ってきた政宗に対し挨拶もそこそこに“奥州筆頭”とは思えぬ扱いで首根っこをひっ掴まえられたかと思えば、先に邸に着いていた成実と並べて小言が始まった。
成実は政宗の一つ年下であり“伊達”を名乗ることの出来る伊達軍のナンバーツーである。
もちろん、小十郎が成実よりも武が劣る・智が劣るといった意味ではなく、血というものを含めた意味の事柄。本来ならば“伊達軍の”ではなく“伊達家の”と付けたいところであるがそこはそこ、様々なお家事情に関連してできないが、今、もし政宗以外誰かを表に立たせるとするなら、彼しかいない。
小十郎の怒りの元は、この成実がここにいることだろうと、政宗は解っていた。
彼が奥州ではなく東国にいるのだ。ここ小田原に。
成実が奥州・米沢に居ること──それが小十郎にとってこの旅を了承した最低限守られるべき条件。
常識的に考えて主がいないだけでも国は傾きかねないのだから、主の変わりとして成実にしっかりと国を守ってもらう──それは政宗としても変わりないのだが、目の前の現状に小十郎のどこぞの緒は見事にプツリと切れている。
──やれやれ。
小十郎の気持ちが解らない訳ではないが、こっちの考えを聞いてから切れてもイイのによ。などと、自分のやった無茶ブリは高い高い棚の上に置いて置いて、政宗はそっぽを向く。
「貴方は、あなた方は、奥州を統べる者であり奥州を守る者である自覚がまったくないようだ。今この時も、自国がどういった危険に晒されているのかの自覚が──」
「だー! こじゅ兄待った待った! 俺は休む間もなく資料もらったら明日、先の戦いの負傷組ととんぼ返りだ!!」
これ以上小言を続けられては堪らないと言いたげに、大きく身振り手振りを交え、成実は反論し始める。まぁ、そんな事で怒りが収まるなら苦労しないのだが。
「成実殿っ。帰ればいいとそう簡単な事を言っている訳でなく」
「こっちもそんな事いってんじゃねぇって。ここに居座ってるとはいえ、本当に東国を何とかしたいんだったら、梵と……あー、もとい、政宗と小十郎だけが状況を把握してても仕方ねぇだろ。どーせお前等まだどっか行くかもしれないしよう」
「しかし、」
「政宗の北条領内視察もまじめなもんさ。色々と検討してたし。今までの経緯やこれからの事とか俺に話して考えてもしたしな。どーせ考えがボンヤリしてたから、もう少し纏まったところでこじゅ兄に言うつもりだったんだろう? でもって『俺はこれだけ考えてるんだ』ってこじゅ兄に自慢する魂胆見え見えじゃねぇか」
「げっほんごっほん」と、余計なことまで言うなと咳払いで言葉を止めるが、当の本人は不思議そうにこちらを見る。
「なに? 政宗風邪?」
「ちがう。」
成実は頭が良い。産まれ持ったモノだろうが人の考えていることや状勢の読みは“読む”という労力なく彼の中では常識として揃うようで。
そのため、彼にとって今更のことが戦略として活かされたり、戦場での息を吸う如きの瞬時の判断などは、小十郎と似たものを持っていると政宗は思っている。ただ、戦場は兎も角、事対人関係としては、他者にとっては隠したいことであるとか、言って欲しくないことであるとか、恥ずかしいことであるとか、真を突いて欲しくないことであるとか、それもこれも全部ひっくるめて成実に取っては“今更”なので質が悪いのだ。
こちらに余裕がある時はさほど気にも止めないが、余裕がない時にされると一触即発の性格。しかしながらまったくもって悪意と罪がない。変な言い方、付き合う者の許容が試されるような人間であり、政宗とは又違った“我が道”を突き進む従弟であり、あえて称するなら『頭の良い馬鹿』と言ったところか。
「兎に角、小十郎。お前の言いたいことはよく解ってる」
「解っていると仰るなら、このような事は起こらぬのではありませんか?」
「じゃぁ俺がどういったことをしたいか……視察に出て、成実をこっちに呼ぶようなことをしたか解って小言言い始めたのかよ」
「それとこれとは又話が違います」
「違わねぇ。生憎ってのもおかしいが、俺はお前の言いたいことはイヤって程解ってるぜ」
「ならば!」
問答の中、まるで鍔迫り合いのあの鉄の声が聞こえる気がする。
──いい目だ。
昔から小十郎は迷いなく自分に対して心を打ち込んでくる。幼い頃からそれはそれは容赦なく、真っ直ぐ偽りなく。口に出す意見で心象を悪くしまいか等考えることなく、意見してくる。
自分の、人に対する目利きは多分ここからきているのではないかと政宗は思う。幼い頃からこれほど真っ直ぐに打ち込まれていれば、他者がこちらへ打ち込む際の、気の迷いやへっぴり腰にすぐに敏感になり、自然と解ってしまう。
人に対し、心の意気込みの最上を望むようになってしまったのは、間違いなくこの男のせいだ。
「聞いておられますか!」
「──聞いてる」
思わず溜息を吐く。危ない。一瞬で意識の刃先が逸れかけたことを気付いてきた。
取り敢えず、今は小十郎を落ち着かせる事が先決と判断する。このまま延々小言の雨を浴びる気はさらさら無い。
ジッと、小十郎から視線を逸らせることなく見合ったまま、政宗は「成実、」と声をかけた。
「あ?」
「席を外してくれ」
「? いいけど」
「なにを、」
「小十郎。俺が邸に着くまで、成実には十二分小言を降らせただろう? あいつは俺の命と考えに従ったまでだ。後は俺一人で十分だ」
「──」
小十郎の無言を了承と取った成実は、政宗からちらりと小十郎を見て「んじゃ、」とゆっくり立ち上がった。
「あぁ、成実。厨房に行って、夕餉はお前の食いたいもの頼んでおけ。後、鬼の野郎も呼んでるから酒は多めにと」
「!? どういう事でございますかっ」
声を荒げる小十郎に対し、腕を前に突き出し掌を立てて政宗は続く言葉を制止する。
成実はそれを見てから「了解〜」と、二人の間に流れる空気とは対照的な呑気な声で了承すると、ぽてぽてと部屋の仕切りを跨ぎ「んじゃぁなー」などと言って手を振りながら障子を閉めた。
ゆっくりとした足音が部屋から遠ざかってゆく。その気配が完全に無くなった頃「政宗様!!」と巨木を真っ二つにする勢いで小十郎の雷が落ちた。
「……そんな大声を出さなくても聞こえる。」
「聞こえる聞こえないの問題ではありません! 今“鬼”と。つまりあのこぞ──長曾我部を」
「あぁそうだ」
「! そうだと冷静に仰る事態ですか!?」
その言葉に合わせるように、政宗は上座からスクッと勢いよく立ち上がり、小十郎はその勢いにつられるように少し腰を浮かせるが、政宗がそのまま脚を歩ませ自分の前でしゃがむと、安心したように腰を据え直した。
見つめる。
まるで、この世に“伊達政宗”しかいないように己の事しか考えない男を。己の事しか想わぬ男を。
「──すまねぇな」
「! ……政宗様……」
自然と出てきた政宗の言葉に目を見開いた後、ゆっくりと瞼を落としながら小十郎は黙って俯いた。
「……いえ小十郎の方こそお話も聞かず……」
俯き、肩を落とし項垂れ始める小十郎の前に腰を下ろすと、政宗は何の前触れもなくその小十郎の頭を力任せに自分の方へと抱き寄せた。
「!? 政宗様っ」
思わぬ事態にそのまま政宗の胸の中に倒れ込むような形となった小十郎は、慌てて起き上がろうとするが頭を抱え込まれている上に、変な体勢で身体を取られてしまい、全身が彼に傾れ込まないように手を突っ張らせるのが精一杯のようだ。
「本当にすまねぇな」
「これは、本当にすまないと思われている態度ですか!?」
頬を緩ませ抱きかかえながら言うのだから、それは確かに信憑性が欠ける。
「なんだお前、疑うのか?」
「それは、」
「お前、蚊帳の外にされて不安になってたんだろ?」
「!!」
頭を抱えているために伝わった息を呑む感覚に「図星か」と男がかわいくなり、旋毛に口付けを落とす。
「ま、政宗様、そう言った訳では」
「OK.OK.そういうことにしといてやる」
「そういうことにしといてやるではなく!」
何とか体勢を立て直そうとする小十郎に対し、そうはさせじと更に力任せに抱え込み、最後には支えていた手の位置を少しずつ移動させていたのがまずかったらしく、小十郎は手を滑らせ完全に体勢を崩してしまい、政宗の手中に収まってしまった。
「〜っっ! 政宗様っ、後生ですからこの状態を」
「やだね。お前こそ観念しやがれ。久しぶり面合わせるってーのに、甘い言葉じゃなくて人を猫みたく首根っこ掴まえて小言の雨を降らせやがって」
「ですから、」
「それに、俺のことしか考えられないお前が健気すぎて甘やかしたいんだ。ごちゃごちゃぬかすな」
「けなっ」
腕の中で絶句する小十郎の顔を無理矢理上げ、政宗は軽く口付けた。
「片倉小十郎は伊達政宗の事しか考えない──そうだろう?」
静かに問いかける。男の眉は当惑したように寄る。例えて言うなら『今更そんな当たり前の事を聞かれずとも』……。
「そうでは、ございますが」
「なら俺がお前を健気にかわいく思ってもおかしくない。」
「屁理屈です」
「屁理屈でもいい」
又改めて男を抱え込む。久しぶりに触れる男の存在は、こうも己の心を穏やかにするものかと思いながら触れ、また抱きしめる。が、大人しく腕の中に収まっていたのも僅かで、ブルブルブルと小十郎は小刻みに頭を振ると「政宗様っ」と顔を上げた。
「うわっ、なんだ」
「なんだではございません。この小十郎、このような事で絆されませんぞ」
「……ちょっと絆されてたじゃねぇか」
「──っ、兎に角ご説明を」
腕から身をスルリと抜いて起き上がると小十郎は正座し直し、無遠慮に撫でられたために乱れた髪をひと撫でして整える。
政宗の腕の中に残ったのは、ぽっかりと穴の開いたような空洞。
「……」
「政宗様」
わしわしと、手持ち無沙汰に掌を開いて閉じてを繰り返す。
小十郎がいないならいないなりに過ごせたここ数日が、不思議に思えるぐらい、枯渇感が湧き始めた。
まるで薬の切れた中毒者だ。
「政宗様っ」
手から顔を上げると、糞真面目な顔をしてこちらを睨んでいる重臣の顔をした男。
あぁ、駄目だと思う。こんな仏頂面にすら欲情していると冷静に思う。
時と場合というモノは解っているが、そんなものなど本能が“どうでもいい”と理性を簡単に蹴散らして、見れば見るほどただただ自分はこの男が好きなのだと再認識するだけで、こうして何もしていない事がとても時間の無駄だと思った。
「政宗様っ!」
小十郎の怒りや不満や不安や諸々を理解していながら、それを掬う余裕なく、政宗は口付けた。
「!? 政宗さまっっ、お話の途中ですぞ」
「すまねぇ小十郎、こっちは話にならねぇんだ」
「はぁ!?」
腕を首に絡ませて真顔で早急に求める口付けに、小十郎は及び腰になってずるずると後方へと逃げ始める。本来なら小言が降ってくるはずだが、どうやら漏れ出る飢餓感に気圧されているようだ。
するりと絡まった舌の弾力感や、触れる先から伝わる温もりが、感覚を開花させ、次を次をとまるで細胞の求めに従うように、口付けながら男の身頃を剥いでゆく。
「──っ、一体どういう」
「仕方ねぇだろう、お前がいい男なんだから」
「理由になっておりません!」
「つまらない理由なら、後からたんと付けてやるよ。もう無理。」
「無理とか無理でないとかの問──むぐっ」
首を味わおうとした矢先にうるさくなった口を無理矢理塞ぎ、のし掛かりながら丁寧に口内をほだしてゆくと、少しずつではあるが心地よい反応が返り始める。
“伊達政宗の事しか考えられない男”──なら、
「お前は平気なのかよ」
少し唇を離してそう問うてみれば、目を見開らいた後、困った風に眉を寄せてから黙って口端を上げる。
男が見せたいつもの白旗の表情に、政宗は満足げに笑い、餓えを満たすため、久々の食事に深く深く口付けた。
→To be continued..........