貼りついたような笑顔で厨房に戻ってきた安岡を、待ち構えていた北山が捕まえた。
「安岡さん。」
「は、はい・・・」
北山は、先ほど酒井から聞いたコトバをそのまま安岡に伝えた。
「酒井さんが・・・そんなことを・・・?」
「『失敗を恐れず、やってみてくれ』と。」
安岡は、しばし考えを巡らせた後、北山と向き合った。
「・・・北山さん。」
「はい。」
「・・・賭けに出て・・・いいですかね?」
「賭け・・・?」
「もし失敗したら・・・この店はもう立ち直れないかもしれない・・・それでもいいですか?」
店では笑顔を絶さない安岡が、笑顔も忘れて険しい表情で話す。
「いいですよ。オーナーからもOKはもらっていますし。」
「やってやれよ、安岡。」
ふたりの横から、それまで傍観を決め込んでいた村上が、安岡に声をかけた。
「テツ・・・?」
「ほら、アイツさ、エラそうだしよ〜・・・ハラ立つんだよな、ああいうヤツ。だからさ、アイツの天狗の鼻、へし折ってくれよ。
逆にこっちの鼻がへし折られたら、『あはは〜、すいませぇ〜ん!最近ちょっと店が好調なもんで、ちょっと調子に乗っちゃいました〜☆』って一緒に謝ってやるからよぉ。」
「俺も、応援する。当たって砕けろで行っといで?」
村上だけじゃなく黒沢までも、安岡の賭けに賛同する。
「わ、わかった・・・俺なりに頑張ってみる!」
「よし、そうこなくっちゃ〜!・・・あ、村上、5番テーブルのお客さまのメインディッシュ、あがったよ〜。」
「OK〜っ。」
安岡はワインセーラーへ向かい、村上は給仕に戻った。
北山はホールへと足を向ける。
北山が客の食事の進み具合やグラスの水の量をチェックしながら見回っていると、安岡がワインセーラーからワゴンを押し、『舌の匠』の元へ向かっていくのが見えた。