「あ・・・」
普段は冷静な北山も、思わず声を漏らした。
自身にしか聞こえない小さな声だったのが救いだ。
北山は踵を返し、3人がいる厨房へと戻っていく。
「な?いただろ?オカマ。」
「おっ、オカ、ぐふっ?!」
199dB相当の大声で叫んだ黒沢の口を、安岡が慌てて塞いだ。
「黒沢さん、そして村上さんも・・・コトバには十分気をつけてください。あのお客さまは、ワイン研究家の方です。」
「わ、ワイン研究家・・・?!」
北山のコトバに、安岡の表情が一変した。
「ワイン研究家?あんなヤツ、見たことないぞ。」
「『舌の匠』というキャッチコピーで雑誌連載も手掛けていらっしゃる、ワイン界ではかなり著名な方です。」
「え!『舌の匠』が?!えっ、マジで・・・?!」
「安岡さん、急に汗流れ始めてますけど、大丈夫ですか・・・?」
「あは、何言っちゃってるんですか、大丈夫に決まってるでしっ!」
「あ、噛んだ。」
「・・・とりあえず安岡さんは、先ほどオーダーを承ったお客さまの元へ。」
「は、はいっ。」
「私はその新規のお客さまの対応に当たります。村上さん、ホールへ戻りましょう。」
北山は、強張った笑顔を浮かべる村上の腕を強引に引っ掴んだ。
「えっ、俺も?!ムリムリムリ!ゼッタイ笑っちまう!マジ、ムリだし!」
「じゃあ、あと、黒沢さんお願いしますね。」
「あいよ〜。」