舌の匠

 

 

都会の片隅にあるフレンチレストラン、「Cinq Clef(サンク・クレ)」。

一時は、閑古鳥が店内で群れをなして鳴き喚いているのではないかというほどに客が寄りつかず閑散としており、それはそれはひどいありさまであった。
しかしあるひとりの男の登場によって再び活気を取り戻し、それまでの赤字の分も挽回できるまでに至った。

「じゃあ・・・このコースを。」
「畏まりました。じきにソムリエが参りますので、しばらくお待ちくださいませ。」

客に向かって綺麗なお辞儀をしたのが、そう、この店を建て直した中心人物、伝説の「メートル・ド・テル」、北山である。

北山は厨房へ向かうと、「シェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)」黒沢と、「ソムリエ」安岡にオーダーを伝えた。
黒沢は早速調理に取りかかり、安岡はドリンクのメニューを手に取った。

突然、数歩分の駆け足の音がして、3人がその音のする方向へ振り返る。

「ギャルソン」村上が笑顔を引きつらせて厨房へ飛び込んできた。
恐らく、村上は客がいるホールでは冷静を装いゆっくり歩いていたが、客からの死角になった辺りから全力で走り出してしまったのだろう。

「あ、村上だ。」
「村上さん、一体どうしたんですか、騒がしい・・・」
「へ、ヘンなのが来た・・・!!」
「テツがヘンなのは昔から知ってるよ?」
「安岡、テメェ・・・」

減らず口を叩いた安岡に掴みかかろうとした村上を、北山が両手で制する。

「待ってください、とりあえず冷静になりましょう。・・・で、どういうことです?」
「み、見りゃわかる!見りゃわかるから!」
「見りゃ、わかる・・・ですか・・・」

北山は大きなため息をつき厨房を後にした。
そして従業員通路からホールへと変わる一歩手前の辺りに立ち止まり、そこからそっと様子を窺った。


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