それから約1ヶ月後。
ある日の昼休み、5人は客のいない店内でまかないのシーフードカレーを食していた。
「今日さぁ、コンビニで、ほら、アイツ・・・こないだ来た、オカマ?
アイツが連載コラム書いてる雑誌立ち読みしてきたんだけどよぉ、ここに来た時のこと全然書いてねぇんだよ。・・・ったく、ハラ立つよな〜。」
村上がスプーンの手を止めてそうぼやくと、酒井がそれを受けて口を開く。
「そうか・・・書いてくれたら店が更に活気づくと思ったんだが・・・甘かったか・・・」
「『フレンチ・レストランCinq Clefで、いてこまされました〜☆』とは書かない、いや書けねぇんだろうな。
アイツの沽券にかかわることだろうし。」
スプーンを置いて水を一口飲んだ北山が、続いて話し出す。
「でも、あれからネットで一時期噂になっていましたよ。『あるレストランのソムリエが舌の匠との勝負に勝った』って。
内容もかなり正確だったので、たぶんあの日店にいらっしゃったお客さまのどなたかが書き込んだんだと思います。
・・・でもほとんどの人がその話を信じてない感じでしたけどね。」
「だとよ〜、安岡。」
「えっ、あ、俺ぇ?!」
村上に急に話を振られた安岡が、素っ頓狂な声を上げる。
「なぁ、くやしくねぇの?せっかく大物との勝負に勝ったのに、誰にも知られないって。」
「そんなっ、くやしいとかは、ないよ・・・。たまたま賭けに勝っただけだもん。
あのラベルを剥がして『レ・ペティ・ソム・デ・ランジュ』じゃなかったら、って思うと今でもぞっとするよ・・・。
だってさ、今でも夢に出るんだよ?ラベル剥がしたら安いワインだったり、剥がしても剥がしても酒井さんのラベルだったり・・・」
「おやまぁ、それは重症だな。」
「ホンっト、トラウマだよ・・・。勝った事実なんてどうでもいいし、誇りたいとも思わない。もうそっとしといてほしいよ・・・。」
安岡はハンカチを取り出して額の汗を拭い、再びカレーを口に運んだ。
「あ〜ぁ・・・安岡の武勇伝も、都市伝説になっちゃうのかぁ〜。」
黒沢がおかわりのカレーを皿に盛りながら、残念そうに呟く。
「安岡が都市伝説とは・・・ネット時代は恐いねぇ・・・。」
「そういえば・・・」
「どうした?伝説の『メートル・ド・テル』よ。」
突然、思いついたように呟いた北山に、村上が言葉の続きを促した。
「もうひとつ、ネットで見つけたんですよ・・・」
「ん?何をだよ?」
「『舌の匠』・・・よ〜く調べたら、あの方、都市伝説でも何でもなく、ホントは・・・女性、らしいです・・・」
「お、オンナ?!アレが?!・・・ま、マジかよ・・・!」
北山の言葉に、村上が口をあんぐりと開けて驚きの声を上げる。
「え〜!『オバサンみたいなカッコしてるオジサン』じゃなくて、『ただのごっついオバサン』だってこと?!」
「ちょうどオネエキャラ全盛だったから、そういう雰囲気を出してブームに乗ろうとしたらしいんです。
・・・って、今の後づけはただの都市伝説なんですけどね!」
北山は、補足の言葉に慌ててフォローを継ぎ足した。
「都市伝説、かぁ〜・・・」
「『信じるか信じないかは、あなた次第です。』ってやつだね・・・。」
「ああ、あるある・・・」
その後、この5人が新たな都市伝説を作ることになるのは・・・それはまた、別のお話。
fin.