■Interval/その時彼らは■

空が青からオレンジへと取って代わってゆく、夕暮れの事。
青学テニス部のレギュラー陣は揃って帰宅の途についていた。
一行の歩く歩道の横を、パトカーが慌しげに何台も通り過ぎてゆく。
「なにかあったのかな?」
河村が呟く傍から、また一台。過ぎてゆくのを目で追えば、その先には無数の人だかりがあった。
「にゃー。すっごい人〜」
「あ、テレビカメラだ!」
好奇心旺盛な中学生の事。お祭りごとには積極的な菊丸と桃城が、そろって人だまりへと駆け出してゆく。
「英二!車道を横切るな、危ない!!桃も帰ってこい!」
大石がお母さん全開の注意を叫ぶものの、とっくに渡り切った二人に届くはずもなく。
「やれやれ、しょうがないね」
「ったく、あの馬鹿……」
「あーあ。何やってンすかね、あの二人」
「後でグラウンド二十周だ」
それぞれ呆れるやら苦笑するやらしながら、横断歩道を渡った。















間近で見る人だかりは、やはり凄いものがあった。
ざわざわと無数の声がざわめく中、下がれと叫ぶ警官の声が頼りなくまぎれる。
「凄いですよ、部長。銀行強盗らしいッス!」
「しかもピストルもってんだって!怖いにゃー」
しきりに怖い、スゴイを繰り返しながらも、二人の顔は何処か楽しげだ。
おおかたドラマやテレビの中でしか見れないような大事件に、興奮しているのだろう。
所詮、こっちに火の粉の降りかからない対岸の火事というのは、その様が派手であればあるほど面白い。
だから人はさらに燃え滾らせようと、悪戯に風を吹きつける。
「何でも、銀行の人と一緒に女の子も人質になってるそうにゃ」
「うっわー、俺こんなにパトカー見るの初めて!銃撃戦とかやんねぇのかなぁ」
「二人とも、不謹慎だぞ!」
「……グラウンド五十周、行きたいか?」
ぎらり、と手塚が眼鏡の奥で眼を眇めた、その時。






――――……っ!






「っ!?」
「どうしたの、手塚」
突然辺りを覗いだした手塚に、不二が問う。
手塚は少し眉を顰めながら、
「いや、いま――――の声がしなかったか?」
ちゃん?」
「するはずないっすよ。先輩、学校終わると同時に帰っちゃったじゃないっすか」
越前の言うとおり、今日は学校が引けると同時に用事があるとかではさっさと一人で帰ってしまった。
ここはの帰宅コースに入っていないはずだ。
しかし。
確かに聞こえた。あれは、幼馴染の声だった。
いったい、何故……。
手塚がもう一度辺りを見回す。
すると、道の向こうから急ブレーキをかけた小柄な車が、耳障りな音を立てて人だかりの前に止まった。


















ドアが開くのももどかしげに、銀次は車を飛び出す。
日本人にしては高い身長も、この人ごみの中ではたいして役に立たない。
人ごみと、シャッターのせいで銀行の中がどうなっているのか、まったく分らなかった。
「蛮ちゃん、どうしよう!あの中にがいるんだよね!」
「落ち着け、銀次。慌てたってどうしようもねぇだろ」
「でも――――でもぉ!」
「落ち着いてください。銀次さん」
「慌てんな、銀次」
同乗していた花月が、士度が車をおり、銀次の隣に並ぶ。
「MAKUBEXの情報によれば、確かにはあの銀行の中にいるそうです。そして、今のところは無事」
「今のところは、な」
蛮が悠然と煙草に火をつける。
くゆる煙を見つめる銀次は、たちまち不安げに顔を歪めた。
「大丈夫、かなぁ……。蛮ちゃぁん、ほんとに、ほんとに大丈夫だよねぇ〜!?」
「っせぇなー。錆頭のこった。どーせ自力でなんとかすんだろ」
「それはそれで心配なんだよぉ〜」
タレた銀次が蛮の頭にかじりつく。
「大丈夫かなぁー、平気かなぁー?」
「だー!うっとおしいっつーんだよ!タレるな!乗るな!
「うきゅう!?」
「銀次!」
「銀次さん!大丈夫で……あっ」
地面にぶん投げられた銀次を拾い起こそうとした花月のポケットの中から、電子音のメロディーが流れる。
「ハイ……MAKUBEX?」
花月の言葉に、銀次が瞬時にタレ状態から戻る。
「カヅッちゃん、代わって!――――MAKUBEX!」
ひったくるように電話を代わった銀次は、通話口に向って叫んだ。
「今、無事!?」
『大丈夫です、銀次さん。今から最新の中の状況を届けます。携帯でも再生できるくらい画質を落としてるから、見にくいかも知れませんが……。そのぶん音声も入れておきましたので』
MAKUBEXの言葉が終わるのと同時に、液晶画面が切り替わる。
緑がかった映像は確かに質が低く、人物の特徴を捕らえづらい。
しかし。
『ふっざけんな!曲がりなりにも計画立ててたんだとしたらもっとよく考えな、この単細胞!外見だけじゃなくって頭ン中までドーブツな訳!?』
「……」
一瞬、四人の周りだけ時間が止まる。
「……だね」
「……錆頭だな」
「……です」
「……元気、だね。
心配していた分、ドドッと疲れが押し寄せて、全員はがっくり肩を落とした。
その内、蛮が頭をかきながら、大きな溜息を吐く。
「んーだよ。来なくたって良かったんじゃねぇか」
「この様子だったら、は自力で出てきそうですね」
「やりかねぇえな、アイツなら」
「あ、ねぇねぇ。蛮ちゃあん。の隣にもう一人、女の子が映ってるよー」
「アン?テメェ、ほんっと女の事になると目端が利……」
『お、憶えました!貴女の名前はさん!私の名前は!』







!?』







突然聞こえた多人数の絶叫に、蛮たちばかりでなく周りの人間も声の方を向いた。














「ちょ、どういうことだよ!」
長身の少年が銀次の手から携帯をひったくる。
「恐ろしく低画質だが、これは銀行の中の様子らしいな」
「どー言う事!どういう事にゃー!?」
眼鏡をかけた長身の少年に、なぜか語尾を猫のように延ばす少年が問いただす。
「え、じゃあコレさん!?」
「……シュ〜」
触角の生えた少年の後ろで、恐ろしく目つきの悪い少年が画面を睨みつけている。
「あぁ……そういえば女の子が二人人質になってるって言ってたよねぇ……」
「そのうちの一人がさんだってのかい!?」
おろおろするもみ上げの少年の隣で、禍々しいオーラを放ちながら瞳を開く少年。
「何やってんだよ、先輩……ッ!?」
……」
「あ、あのう〜……」
完全に携帯を奪われ、輪の外に放り出された銀次達は、ただ呆然と少年たちを見詰めるしかなかった。
「それ、カヅッちゃんの……ッ!?」









――――人のざわめきを引き裂くように、聞こえた破裂音。











水をうったかのような静寂の中、確かに時が止まった。
「――――撃った」
「あれ、銀行の中から……」
「――――っ!」
「くっ――――!」
「――――っ!銀次!」
「手塚!?」
突然走り出した二人の後を、一拍遅れて全員が追いかける。
その後姿を、打ち捨てられた携帯だけが見ていた。

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