■場面/五■
その日、強盗犯立てこもりという類を見ない大事態に陥った某銀行のある支店。 犯人の発砲、負傷者の続出と次々事件の起こる中、とうとう警察の介入にいたり、高まっていた緊張はさらに極限へと上り詰めていった。 ――――一部を除いて。 「トイレ」 脅えに僅かな希望の色を浮かべていた人質たちも、ブラインドの隙間から苛ただしそうに外を覗っていた犯人も、事態についてゆけず思わず正座なんてしていたも、その一言に動きを止め、を直視した。 「おい、テメェ……」 「トイレ」 「ふざけて……」 「トイレ」 「さぁ〜ん」 「トぉイぃレぇ〜」 何か言おうとする犯人たちに肉薄し、は恨みを込めるかのように睨みつける。 「どーせ警察が来るのなんか予想済みじゃない。いまさら慌てたってどうにも成んないわ。それよりトイレ行かせてよ、トイレ」 (き、緊張感のない人だなぁ……) その無さに救われた点もあるのだが、今この状況でこの一言は如何なものか。 「まさか、こんなに頼んでんのに女の子に恥かかすんじゃないでしょーねぇ」 「クッ……」 睨みつけられた強盗は、怯んだように後退る。 相手は丸腰の少女、なのに主導権は完全にが掌握している。 (ほんとーに訳の分らん人だ) 理解しようとするのは止めよう。余計思考の迷路に陥るだけだ。 「さ、さっさと行って戻ってこいよ!」 「なんで時間指定されなきゃなんないのよ」 べぇっと舌を出したは、何を思ったかの肩にぽんと手を載せた。 は何をしているのだろうと眼をあわせる。 「いってきます」 「……いってらっさい」 見上げたの目は、どこか悪戯な色を含んでいた。 がトイレに消えて数分。 は何となく、尻が落ち着かなかった。 撃たれた青年の傍らで、ずっと正座をしているのが原因かもしれない。 されど、行員たちの前で一人だけ椅子に座る事も、また犯人たちの前を突っ切ってソファーに座る事も出来ない。 さらに離れていても分るほど、犯人たちに苛立ちの色が濃くなってきている。 (早く帰ってきてよ、さぁ〜ん!!) 半分泣きそうになりながら、それでもはじっと座り込んでいた。 その間も犯人と警察の姿を見せない攻防は続く。 「君達のお母さんも泣いているぞ!!」 「お袋はもう五年も前に死んでるっつーに!」 「どーすんだよ!マジでやべぇって!」 「人も増えてきてるしよォ」 「どうする、どうする!?」 「……このまま、人質解放して自首したら……」 「馬鹿やろォ!!」 犬の提案に、ウサギがキレた。 拳銃がそのまま鈍器とかし、犬の頭が吹っ飛ぶ。 中から出てきたのは、いかにもといった感じの茶髪の若者だった。 「このまんまおめおめと帰ってみろ!社長に何されっか……!」 「でもよぉ、このマンまでずぅっとってのも……」 (確かに) 鼻血を出しながら訴える元犬の青年に、は同調した。 このまま開放してもらえれば、撃たれた人もに後頭部強打された人も助かる可能性が高くなる。 ついでに今なら十分、夕飯の準備に間に合うと言うものだ。 (がんばれ、犬の人!) 自分たちを拘束している張本人にもかかわらず、は思わず、拳を握って応援していた。 「っそぉ、どうすりゃ……」 ウサギが落ち着き無く辺りを徘徊する。 もう外の騒ぎは奥にいるにもはっきり分るほど、大きくなっていた。 「っそぉ、くそぉ……」 呟きながらうろつくウサギの足が、突然ぴたりと止まった。 胴体に不釣合いなほど巨大な頭が、こちらを向いている。 「お前」 元々笑っているウサギの顔が、さらに暗く歪んだ気がした。 「ちょっとこい!」 「あぅッ!?」 首を拘束され、は息苦しさに呻いた。 そのままズルズルと引きずられ、やってきたのはシャッターで覆われた入り口前。 「オイ、開けろ!」 その一言に、扉を覆っていたシャッターがゆっくり上がってゆく。 「お前にゃ、俺たちが逃げるまでの盾になってもらう」 「なッ!?」 嫌に静かな声と一緒に、額に冷たいものを押し当てられた。 極度のストレスは、人間の思考を狂わせる。 完全にウサギは壊れていた。 「大人しくしてりゃあ、殺さねぇよ。大人しくしてりゃ、な……」 猫なで声と一緒に、銃口が頬を滑る。 背筋が、ドライアイスを当てられたみたいに凍りついた。 銃口の後を追うように、冷や汗が一つ。 ゴクリと喉がなる。 開いた隙間から、オレンジの明かりが差し込む。 シャッターがの腰辺りまで開いた。その時。 「ブバァッ!?」 男の野太い悲鳴にとっさに顔を向ける。 「その手離しな、ロリコンウサギ!」 「さん……」 そこには、トイレにいるとばかり思っていたが虎を足蹴にしていた。 「焦んなくったって、すぐに車付きでこっから出してあげるわよ」 がニィッと笑う。 「――――パトカーと救急車、どっちがお好み?ウサギちゃん」 |