■Scene/Five■

その日、強盗犯立てこもりという類を見ない大事態に陥った某銀行のある支店。
犯人の発砲、負傷者の続出と次々事件の起こる中、とうとう警察の介入にいたり、高まっていた緊張はさらに極限へと上り詰めていった。
――――一部を除いて。

















「トイレ」
口にしたとたん、外の様子を覗っていたヌイグルミたちも、震えていた行員たちも、行儀よく傍らで正座していたも固まってこちらを向いた。
ヌイグルミのウサギが、纏っていた不穏な空気をさらに濃くしてこちらに向ってくる。
「おい、テメェ……」
「トイレ」
「ふざけて……」
「トイレ」
さぁ〜ん」
「トぉイぃレぇ〜」
止めようとしているのか、情けない声を出すを無視して、は犯人たちに向って眉を顰めた。
「どーせ警察が来るのなんか予想済みじゃない。いまさら慌てたってどうにも成んないわ。それよりトイレ行かせてよ、トイレ」
さらに空気が重くなってゆく。
それでも、その空気の何処かには怯えがあった。
「まさか、こんなに頼んでんのに女の子に恥かかすんじゃないでしょーねぇ」
「クッ……」
わざと語尾を延ばしてやれば、張りぼての頭の下で悔しそうに声を漏らす。
脆い。
は気取られぬよう、喉の奥で笑った。
「さ、さっさと行って戻ってこいよ!」
「なんで時間指定されなきゃなんないのよ」
ご親切にトイレの方を指差すウサギに向って、は舌を出してやった。
それから立ち上がって、おもむろにの肩に手を置く。
は飴玉みたいに眼を丸くした。
その様に、ほんの少し和む。
「いってきます」
「……いってらっさい」
おどけて言えば、はやはり不思議な顔で首を傾げた。
















「逃げようとすんなよ!」
「それで脅してるつもり、猫さん?」
向けられた、小刻みに震えている虎の銃を指でちょいと下に向けて、はトイレの個室に篭った。
ここなら誰もいない。誰の邪魔も入らない。
はごそごそとズボンのポケットを探る。
ニィッと笑ったの手には、奪われたはずの携帯電話が握られていた。
さっき強盗に渡したのは主に仕事に使うもの。こっちはプライベート用だ。
「――――詰めが甘いね、強盗クン」
呟いて、手馴れた様子でボタンを押す。
しばらくのコール音の後、聞きなれた声が耳に届いた。
!?」
「ヤッホー、MAKUBEX。五時間ぶり。実は今さぁ……」
「――――銀行強盗の人質になってる。でしょ」
呆れた声音に告げられて、はちょっと面食らった。
「誰に聞いたのよ、それ」
「銀次さんに付ける筈だった盗聴器から全部聞いてた。その後慌てて色んな銀行の防犯カメラハッキングして……」
「あ、盗聴器、ポケットから今、人質の女の子につけたの。感度よくなったでしょー」
「……で、何の用」
電話越しの声が低くなる。……怒っているようだ。
は声のトーンを落とす。
「一応アンタ……つーか傍にいるだろう朔羅さんが、連絡ないと心配するだろうからさ。あと……銀次さんには連絡してないよね」
はぎゅっと携帯電話を握り締める。
「余計な心配かけたくないの」
「あ、それ無理」
「まさか、もう連絡したの!?」

あっさり言われて慌てて問いただす。
すると、MAKUBEXはさらにあっさり言い放った。
「だって、そこテレビ中継されてる」
「うッそぉー!?」
はトイレの中で絶叫した。
「おのれ、マスメディア!いらん時だけ迅速になりおって!!」
「ブラインドの隙間から中の様子もばっちり。あ、ちなみにTTV系列で絶賛生中継中
「しかも全国ネットかよ!!」
ずざーっと耳の奥で血の気の引く音がする。
今回の事件が銀次の耳に届けば、あの人のことだ。きっと助けに来る。
そうなれば美堂蛮も一緒にくっついてくるだろう。
嫌だ。
誰よりも尊敬する人と、誰よりも軽蔑する輩に、こんな情けない姿見られなくない!!
「もっと言うと、今そっちに銀次さん着いたから」
「何でわかんの!!」
「だって、今テレビに映って……」
「MAKUBEX!銀次さん出てる部分だけ録画しといて!後は消去!!
叩きつけるように叫ぶと、は折れんばかりの力で電源を切った。
そのままの勢いでトイレのドアを開ける。
銀次が今、この場にいる。
(だとしたらするべき事はただ一つ!!)
「おい、お前さっきからなに一人で……」
入り口のすぐ前に立っていた虎が、言いかけたところで止める。
が一歩足を踏み出す。虎がそれに応じて下がる。
今この場でやること。
元からそのつもりだった事。
(――――銀次さん達がやってくる前にこいつら全員ぶっ潰す!!)
「ブバァッ!?」
気合の入った蹴りの一撃に、虎の体は吹っ飛ぶ。
その勢いで行内に戻れば、眼に飛び込んできたのは、ウサギに首をつかまれ苦しげにしているの姿。
嫌が応にもテンションが上がる。
「その手離しな、ロリコンウサギ!」
さん……」
が涙の浮かんだ目でこちらに気づく。
「焦んなくったって、すぐに車付きでこっから出してあげるわよ」
はニィッと口元をゆがめた。
「――――パトカーと救急車、どっちがお好み?ウサギちゃん」