100/終わり

 撃たれたのはすぐにわかった。場所が際どいのも。
 瞬間、視界が暗くなる。
 まずい。こんなところで倒れたら、本当に死ぬではないか。
 自分の考えに腹が立ち、愚かにも声を上げて斬りかかってきた男を、腕を払うように剣を振るって沈める。
 撃たれた場所から、血がどんどん流れていく。内臓を損傷したかもしれなかった。
 こんなところで――
 そう思う一方で、ふと笑いが込み上げる。表情を変える力は残っていなかったけれど、たしかにシャンクスは笑った。
 こんなところで死ぬのが、海賊だろう。
 わかっていたはずではないか。それなのにあがくのは笑止ではないか?
 意識が途切れる間際、ああ自分は死ぬのだなと冷静に思った。過去のことは何も思い出さなかった。
 
 
 
 
 目を開いたら、馴染みの船医の顔が迫っていた。
 あの世に医者がいるという話は聞いたことがない。
「おう、やっと起きやがった」
 船医の顔は離れ、目に見えるのは染みが浮いた天井だ。体を動かそうにも鉛を仕込まれているかのように重く、ままならない。
 それでも顔だけ横向ければ、見知った部屋だとわかる。全身に感じる波の揺れも馴染んだものだった。
「……助かったのか」
「まったく、悪運の強い男だよ」
 船医はくつくつ笑いながら、シャンクスの体を素早く診察した。
「あんたァ二日、寝てたんだぜ」
「二日もか」
「撃たれた後、倒れただろ。その時ものすごく器用な頭の打ち方をしたみたいでな。――おれが誰かはわかるよな?」
「不良医者の知り合いはいねぇな」
「そんだけ減らず口が叩けりゃ問題なんかねェや」
 カルテに何かを書き込むと、シャンクスの傍に腰を下ろす。
「ヤソップとルゥに感謝するんだな」
 シャンクスを撃った男を素早く狙撃し返したのがヤソップで、倒れたシャンクスを担いで船に戻ったのがルゥだという。
 ルゥとは彼を巻き込むように敵船に乗り込んだので、不思議はない。ヤソップは船に残ってはいたが、シャンクスの記憶にある限り、ヤソップの位置から狙撃手を狙うのはなかなか難しかったのではないかと思う。
 まったく、有能な男たちが仲間だったものだ。
「分取りは多かったか?」
「けっこう良かったみたいだな」
「じゃあ分け前を多めにしてやらねェとな。……被害は?」
「後で副船長に聞くといい」
「呼んでくれ、今」
「目が覚めたばっかりだろ。後のほうがいい。もう一度寝な」
「いや、今だ」
 きっぱりと言い切ったシャンクスの目を数秒見つめた後、船医は苦笑しながら視線を外した。
「……やれやれ。ちょっと待ってな」
 頑固だと苦笑しながら、出て行った。ドアが閉まったのを確認し、シャンクスは溜息を吐く。
 まだ、今体験していることが現実だという認識が薄い。しかし体験できているということは意識があるということなのだろう。――生きているということだ。
 再び扉が開かれたのは早かった。もしかしたら時間が経っていたのかもしれないが、シャンクスにとってはあっという間のことのように思えた。
 口許を歪め、入室した男を見てやる。
「よお」
「……本当に悪運が強い男だよ、あんたは」
 声に安堵が含まれているのはすぐにわかる。たとえ表情が苦り切ったものであろうとも、だ。
「さっきギィにも同じこと言われたけどな、さすがに――今回は死んだと思った」
「…………」
「いや、本当に。そんな顔すんなって。実際は違ったんだからさ」
「……ああ」
「撃たれた場所がさ、あ、やばいって思ったよ」
「ドクに感謝するんだな。それから輸血に協力した連中にも」
「おう。――まだ、実感ないけど」
「実感?」
「生きている、実感」
 ベックマンの表情が険しくなった。正直な男だ。笑おうかと思ったが、腹の傷が悲鳴をあげるのですぐに止めた。
「……すぐにわかる」
「あ? 何が?」
「生きてるってことさ。朝になれば、皆こぞってここに押しかけてくるぞ」
 にやりと笑うその口にいつもの煙草がないのは寂しかったが、ベックマンが笑ったからいいかと思い直す。
「そんなよりもっと手っ取り早い手段があるんだけどなあ?」
「ん?」
「まあ、血を振り撒きながらやる趣味はないから。とりあえず、キスしろよ」
 横柄な命令にベックマンはぽかんとしたかと思うと、次いで頭痛を堪えるような顔で溜息した。
「……ったく、こっちは真剣になってるってのに」
「オレも真剣だ」
「朝まで大人しく寝ろよ?」
「傷が治るまでじゃなくて?」
「あんたにそんな難しいことは望んでねェよ。――さっさと良くなれ」
 投げやりな言いようではあったが、唇の柔らかさが語調を裏切っている。
 触れただけで離れた唇を惜しみながら、ベックマンに手を振って目を閉じた。
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