099/タブー

「外してて正解だったな」
 ソファの背にもたれたまま、下村の手首から外されていた義手を玩ぶ。厚みの薄い唇はシガリロを銜えていた。
 終わった後、互いにシャワーを浴びてリビングに戻った。思ったより体が痛まないのは幸いだ。土曜日の今日、店を休むわけにはいかなかった。昨日の今日で欠勤しては、坂井がどのように気を揉むか知れない。
 シュールな光景を、下村は叶の膝に頭を預けたまま見上げている。
「つけたままだったら、多分俺はこれで何度か頭を打つか殴られるかしてたな」
「だから外したんですか?」
「それだけじゃないが」
 叶は下村に視線を落とすと、手袋をつけたままの義手の甲に恭しく口付けた。それを薄暗闇の中、眩しそうに見た後で下村はごそごそと体を動かし、叶のほうを向いた。外されて叶の手にある義手。淫靡にすら見えた。
「それで、何かわかったのか?」
 何をと言いかけた口を閉ざす。
 叶が聡いのか、下村が表に出しやすいのか。前者であってほしいと思う。吐き出される紫煙が部屋に溶けるのを眺めた。
「思ったより気持ち良かったです」
「そりゃ何よりだ。他には何かわかったか」
「昨日、坂井にキスされたんです」
 ぐ、と何かが詰まったような音がしたが、発生場所はわからなかった。見上げた叶はおかしな表情をしている。
「それで、坂井が俺のことを好きなんだろうってことはわかったんですが」
「ちょっと待て。坂井の気持ちがわかってて俺とやったのか」
「坂井とはキスだけだったんです。別に告白されたわけじゃないですけど、そういうのってなんとなくわかるじゃないですか」
「まぁ……たしかに」
「あいつは俺とセックスしたいのかなあと思って。でも俺、男とはしたことがなかったし、坂井のことは結構好きですが、そんな風に考えたこととかなかったから、できるかわかんなくて」
「で、俺と試してみたわけか」
「試したというか、叶さんとはできるかもしれないって思って。けど、そう思うのと実際にするのって違うじゃないですか。できるって思ってても実際にはできないかもしれないし。そのへんは考えててわかることじゃないから……やっぱり試したことになりますね」
 すいません、と上目で謝る下村の頭を、叶は乱暴に撫でた。
「俺のことはいい。坂井をどうするつもりだ?」
「坂井のことは嫌いじゃないですが……」
 彼と同じ気持ちではないと思う。あんな、思い詰めたように自分を見つめる坂井と同じ気持ちではない。かといって友情などと綺麗な言葉で言い表わすこともできない。
 二人のことをよく知らない人間に話すには「友人」や「相棒」で充分だと思う。が、叶のように二人を知る人間に話すには、不適切というより違和感を覚えてしまうのだ。それでも一番近いのは「相棒」だろう。
 どうするつもりか。
 言葉を胸で反芻する。
 坂井とどうなりたいのか。
 このままではいけないのか。――それはきっと、坂井には辛いに違いない。
「あいつの気持ちを受け入れる覚悟があるのか」
 下村はわずかに眉を顰めた。それはどうだろう。
「坂井はあれで猪だからな。それに激しい。流されるにしろ受け入れるにしろ、おまえの自由さ。おまえがどう思ってるかが重要だし」
「……唐突すぎて、よくわかりません」
「キスは許したんだろう? その程度には好きってことだろうさ」
「でも」
 キスは叶ともしている。
 下村の指摘に叶は苦笑した。
「何もかも同じってわけじゃないだろう? 感情もセックスも、俺に対してとはまったく違うはずだ」
 それはそうだろう、と理性では思う。下村が安らぎを覚えるのは叶に対してだけだ。坂井には思わない。
「……坂井といると落ち着きません」
「それがどうしてなのか、考えることだな」
 微笑むと、叶は下村の左手を取って途切れた手首に唇を寄せた。
 叶にはすべての答えがわかっているのだろうか。それなら教えてほしい。だが自分で見付けださねば意味がないということも、下村はわかっていた。
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