Juste judex ultionis,
donum fac remissionis ante diem rationis.
ぎゅっと、左手を包み込むぬくもりがあった。病にうなされるつらい呼吸の合間に呼んだ声に応えてくれたのだ。熱に潤んだ世界のなかで、アレンはそのひとの哀しい瞳をみつけた。ごめんなさい、 こどもは掠れ声で告げた。すると覗き込むようにしていたその人は、力の入らないアレンの左手をさらに強く握った。醜いと疎まれ蔑まれた左腕、ためらいなく触れてくれるのはいつもそのひとだけだった。手を、そのひとの気持ちを、返せない自分が悔しくて___アレンは代わりに名を呼んだ。いつのときも、ありったけの愛しさを込めて。同じだけの謝罪の気持ちを込めて。
アレンはそのひとのために存在したかった。運命の限り共に在りたかった。しかしもうそれが叶わないことを悟っていたから___ごめんなさい、 声にならぬ声で告げた。そのひとが大きく震えたのが伝わって。アレンの胸をただ後悔だけが吹き荒れる___ごめんなさい。もっと、ぼくが、つよかったら......
やがて視界はゆっくりと暗闇に鎖された___もう夜だったろうか? これでは顔が見えなくなってしまう...最期までそのひとを見つめ続けていたかったのに。こどもの双眸からさいごの涙が零れ落ちた。握り締められた左手から温もりが消えていく。病による痛みも苦しさも、すべてが遠のいていった。
アレン。自分を呼び続ける悲愴な声だけがいつまでも遠く響き、余韻がこころに滲み込んでいく。意識は深く昏い死の淵に吸い込まれていった。無音の闇。肉体から離れた魂が、有無を云わせぬ強制的なちからによって何処かに運ばれていく。上昇するようでもあり、下降するようでもあった。前後不覚のまま、アレンのたましいはひとつのことを考えていた。心を残してきてしまった、そのひとのことを。
あなたを愛しているから、マナ。だから伝えたかった、さいごに。
ぼくはとてもしあわせだったよ。ぼくがいなくなってしまうことを、悲しんでくれたらそれでじゅうぶん。ぼくのためだけに なみだ をながしてくれたのなら、ぼくはそれを 宝物 にして 勇気 にして、まだ、この いのち のつづく先へと歩んでいける―――辿り着く場所を知らなくても。 だから、マナ。どうか。
どうか、あなたは つよく、
―――アレン。名を呼ぶ声が響いてくる。後ろ髪を引かれる思いに、アレンはふとその確実な歩みを緩めた。
アレン。悲しみに満ち満ちた声が呼ぶ。養父の思いの深さを知ることは、親に先立つという不孝の大きさをアレンに突きつけるものだった。
でも、だって、もう戻ることは叶わない。ならば。
ならばせめて、さいごに振り返るくらいは、さいごに名を呼んで応えることくらいは、許して―――
「...マナ。」
(正しく罰する審判者よ、裁きの日の前に 赦しの恩赦を私に与えたまえ。)