Mors stupebit et natura,
cum resurget creatura iudicanti
responsura.
4つの眼がぼくを見下ろし、2つの口がぼくを取り囲んで語る。
「...左腕は人工物のようだが?」 老人が云った。
伯爵様が頷く。 「受肉のときに失くしたみたいデス♡ 代わりに我が輩が造った腕を付けてありマス♡」
「高性能だな、」
「大脳皮質の中心前回から発する
「筋線維の培養に続いて、シナプス形成まで成功させたのか。
そこにこだわっちゃって、腕を武器化する機能が付けれなくなちゃったんですけどネェ...とぼやく声がする。伯爵様と老人の会話は、ぼくには難解な内容ばかりで、話の半分も理解することはできなかった。
「...そこでネェ、我が輩も考えたんですヨ♡ やはりこの世界の神を
伯爵様は手を休めず、面白そうにそう語った。
「...それが これ というわけかね。伯爵よ」 冷静な声音が応じた。伯爵様の手元___横たわるぼくを示しながら。
ぼくの身体はつめたい金属の台の上にあった。伯爵様の研究室に連れ込まれ、服を脱ぎなさいと命じられて、既に何が始まるのかはわかっていた。
「なかなか思いどおりにいかなくて困ってますけどネ♡」
「...死者を黄泉還らせるか―――発想としては、なかなかに面白いと私は思うがね」
「ブックマンにお褒め頂くとは光栄でス♡」 手にしたメスが閃めいた。ぼくは恐怖に息を呑み、あとは襲いかかった痛みに悲鳴を上げることしかできなかった。初老の男___ブックマンは眉を顰めた。
「かしかましいぞ、小僧。」 悲鳴の主、ぼくをじろりと睨めつける視線は、その声音と同じく冷静で容赦のないものだった。伯爵様が哂う。
「煩いって云われちゃいましたよ、アレン♡」 「―――ぁ、ぁ...!」
仰け反った喉を、白刃が一直線に切り裂いた。ごぼり、 肉が裂け血が溢れ、皮膚を伝う感覚。声帯を潰されて息が ひゅうひゅう と洩れる音が悲鳴の代わりに零れ出る。
痛い。痛い痛いイタイ痛いイタイいたい...
全身に波及した痛みに、意識は痺れたように凝り固まった。ぼくは息を吸った。どうにかしてこの痛みから逃れたかった。ベッドから起き上がり逃げ出すことは造作もない。でもそれじゃあ伯爵様に叱られてしまう。悪い子だと、お前は悪い子だと云われる事だけはしたくなかった。嫌われたくない。
だからぼくはいうことをきかなくちゃいけない。
そのためにはこの苦しみに耐える必要があった。ぼくは必死に意識を他に飛ばそうと試みる。ぼくにはできるはずだった。こういうことは一度や二度のことではなかったから。降り注ぐ人口の光。ぼくをどこまでも暴くような白い光を放つライトをじっと見つめる。ぼくはあのライトだ。静かにぼくを見下ろすだけのライト。ぼくはあのライトだ。痛みを感じてるのはぼくじゃない。
世界から薄く膜を隔てた向こう側で、だれにも侵されないいちばん安全な場所で、ぼくはぼくの身体に起こる出来事を見つめ続ける。とおいあちら側から、ふたりの人物の声がする。
ふたりはぼくを見て話している。
ぼくの身体のなかに、たゆたう虚無が満たされていて、心臓以外なにも残ってはいないこと。
魂魄の形質固定は完璧なのに、ぼく以外に成功体が造れないこと。
魂を絡めとる虚無が強すぎて、魂もそれを容れられた肉体も破壊されてしまうこと。
兵器としてのぼくの身体に、なんの攻性能力も宿らなかったこと。
兵器としては未熟、未完成の試作品。存在係数の変動、安定しない数値。たましいとからだはゲシュタルト崩壊寸前で。意味を成さない、意味のないぼくのいのち。生きているのか死んでいるのか、それすら自分ではわからない___だったら、なぜ、ぼくは、ここにいるの?
許されるならば問いたかった。ぼくの
大きな震えが、身体の底から湧き上がるようにしてぼくの意識に爪を立てた。
切り裂かれたはずの喉の傷はすっかりと塞がっていて、細い溜息をつくことができた。
辺りには誰一人いない。意識を飛ばして何時間経ったのだろう。金属の上に横たわっていた身体はすっかり冷え切って固まってしまって、動かすたびに引き攣れて苦しい。
身体の正中を切り開かれた傷も、醜い痕となってなってぼくの皮膚の表面にこびり付くばかりだった。何度も何度も、同じ場所を割かれてすっかり残ってしまうようになった
ぼくを生かそうとする何かの意思を感じるのはこういうときだ。すぐ身近にいるくせに、どこかよそよそしくぼくの感覚に触れてくる。
やめてよ。やめてよ、ぼくは___
(審判者に答えるために、人間が蘇る時、死も自然も恐怖の中にあるであろう。)