Absolve
Domine
animas
omnium
fidelium
defun-
ctorum
ab omni vinculo
deli-
ctorum.
「お呼びですか、マイ・ロード」
チャペルの鐘を乱雑に がらんがらん と揺するかのような暴音に苛まれる頭を下げながら(なんという有無を謂わせぬ呼び出しだろう)、アレンは伯爵の元へと姿を現した。
アナタにお仕事ですヨ♡ 伯爵は紅茶のカップを受皿に戻しながら云った。傍では幼女がクッキーを頬張っている。伯爵が可愛がって甘やかしているロードという名のノアと午後のお茶を満喫していたようだ。
「我が輩の代わりにお使いに行ってきなさイ♡」 ひゅっとアレンの胸元へ、市松模様のカードが飛んできた。カードはくるりと回転して、アレンの目の前へ。そこには壮麗な装飾が施された金縁に嵌められた鏡の絵が大きく描かれていた。
「ある人物を探し出して此処まで連れてくるんでス。簡単でショウ♡」
「...どなたですか、」 「ティキ・ミックという名の男でス♡」 伯爵がそう告げると、カードの中の鏡に痩せて青白い顔の女が映り込んだ。アレンは ちらり、 それを一瞥した。
「失礼のないように、ここに相応しい姿にして連れて来なさいネ♡」
どうも長期の仕事になりそうだと、アレンはうんざりとした気分で一路、ヨーロッパの西はずれの国へと旅立った。
そこは、格安な賃金で浮浪者や孤児を雇って、半ば強制労働させている鉱山の作業場だった。
アレンは嫌な匂いのする風に顔を顰めながら、ポンパドゥール婦人が“当たり”と示した少年が黙々と働く姿を見つめていた。さて、どうしたものか...
伯爵は、 相応しい姿で とアレンに命じた。伯爵の元へ連れて行く際に、相手に似合うよう見繕った正装 を、という手間が、どうやらもう少し増えそうだった。あの煤と泥と自らの垢に汚れた肌を磨くことから始めなければならないのか、と考えると、より一層アレンの憂鬱さは増すのだった。
ノアといえば、ロードという幼いながらもノアの特性を十二分に顕す少女の姿を目にすることが多いからなのか、ティキ・ミックという少年は驚くほど真面目に労働しているようにアレンには感じられた。人間としての生活を、彼は懸命に送っているのだ...アレンは少年の運命にそっと同情した。彼はノアの遺伝子 を引く者であり、ゆえに人間であり、また隔たった存在であるのだ。
自分などが同情していると知れたら、ロードあたりに血祭りに挙げられそうだ...そう一人ごちて、アレンはそっとその場を後にした。少年がちらりと、その視線を黒い背中に寄越したのを知らずに。
そう呼びかけると、本人とその場に居合わせた少年2人が揃ってこちらを振り返った。怪訝な顔。
「なんだアンタ、」
この場に不釣合いな、上等の黒の礼装に身を包んだアレンに警戒心を剥き出しに訊いてくる。
「俺に何の用だ? おチビちゃん」
目的の人物が、分厚い丸眼鏡の奥に瞳を隠しながら問いかけた。
僕は使いの者です、 とアレンは告げた。
「貴方様をお迎えに上がるようにと御命令を受けて参上しました」
はっ、と嘲るような笑い声が上がった。アレンの遣う話法を完全に莫迦にした笑いだった。
「...何処のお偉い方か知らないが、俺たち孤児上がりの浮浪者に一体なんの御用があるっていうんだ? 小僧」
ティキ・ミックと昼休憩を共にしていた少年が云う。もうひとりもギラギラとした目でアレンを睨んできていた。そんな視線には全く動じず、アレンはぐしゃぐしゃの黒髪の少年だけを見つめて、再度口を開いた。
「...僕が仰せつかったのは、ミックさん、貴方だけです。ご同行願えますか?」
その云い様に、他の二人が青筋を立ててますますアレンを睨んできた。今にも殴りかかられそうな雰囲気に、アレンは地面に座り込む二人を睨み据えた。
すると、わかった という声が上がった。彼は立ち上がると土埃を払うためにワークパンツを叩いて、アレンを見た。
おい、何云ってんだティキ...友人たちが慌てるのに ニヤ と笑いかけた少年は、「気にすンな、ちょっと行って来るだけだ」 と返して歩き出す。アレンの横をすり抜けて、離れた処に待たせていた箱馬車までスタスタと歩いていく。アレンも慌てて後を追った。後ろからは彼の友人たちが、稼ぎはどうするんだよ!と半ば怒りの声を上げている。それに少年はぴくりと反応して、どうなんだ? というようにアレンを振り返った。
「雇用主には、貴方をお借りしたいと伝えてあります。それに関しては了承を頂きました。お給料は出してくれないそうですが。ご迷惑を掛けた分、給料分の代金は、こちらがお支払いいたします」
そういうアレンの言葉を聞いて、少年は 心配ないってー! と友人たちへと叫び返す。呆然と見送る友人たちを省みないまま、少年は再び歩み始めた。馬車まで辿り着くと、御者が恭しく黒塗りの扉を開いて彼を迎えた。少年に続いて、アレンも馬車へと乗り込む。扉が閉められ、二頭立ての馬車は走り出した。中にはひとり、執事役のアクマが控えていた。そのすぐ隣にアレンは腰を下ろし、正面に座るノアを改めて見つめた。
「俺を何処に連れてくんだ、おチビちゃん」 「僕はアレンです、セニョール」
質問に答える前に、アレンは慣れないこの国のことばでそう告げた。 おチビちゃん と呼ばれるのが不快でならなかった。確かに外見は子どものままだが、このノアよりはずっと 年上 なのだ。
はは、少年は笑った。ちゃんと名前があるんだな、と呟いて。それはまるで、アレンにちゃんと自我があるんだな、というように聞こえた。
「お前、昨日俺を覗いてたヤツだろ?」
「...気付いて、いたんですか、」 思いもよらなかったアレンは、素直に驚きを露わにした。ノアの少年は笑みを浮かべた。近いうちに、何か来るだろうなとは思ってたけど 彼は云った。
馬車が辿り着いた場所は、郊外にある屋敷だった。千年伯爵所有のものだ。馬車を降りたノアの少年とアレンは、執事に導かれてその扉をくぐった。使用人として配置された数体のアクマに出迎えられて、少年は ふん と鷹揚に鼻を鳴らした。
「このオカシな奴らって時々混じってるの見かけるけど、いったい何なんだ? お前、知ってンの?」
「それについては、後からご説明致します。まずは...失礼ですが貴方のその身形を整えさせて戴く事から始めさせてもらいます」
あァ? ノアは不機嫌な声を発した。突如 ガシャン と金属音が響いて、メイドに扮していたアクマが紅い絨毯の上に崩れ落ちた。アレンが目を瞠る。拘束されていた魂が、悲鳴を上げて散って_消えた。
見れば、少年の手にはアクマの逆五芒星 のついた骨格が握られていた。ぼとり、と頭蓋骨を床に落としながら、ノアは底のみえない丸眼鏡の奥で、瞳を爛々と輝かせているようだった。
へぇ! こいつらってこんなんなってンのか、と愉快そうに笑う。驚くアレンに、にこりと微笑みかけるその姿は、ここにはいないノアの少女を彷彿とさせる禍々しさをもっていた。
「...先に、説明だろ? ナァ、おチビちゃん」
同情なんかするんじゃなかった、とアレンは心のうちに呟きを落とした。
......この少年も紛れもなく、ノアであったのだから。
チャペルの鐘を乱雑に がらんがらん と揺するかのような暴音に苛まれる頭を下げながら(なんという有無を謂わせぬ呼び出しだろう)、アレンは伯爵の元へと姿を現した。
アナタにお仕事ですヨ♡ 伯爵は紅茶のカップを受皿に戻しながら云った。傍では幼女がクッキーを頬張っている。伯爵が可愛がって甘やかしているロードという名のノアと午後のお茶を満喫していたようだ。
「我が輩の代わりにお使いに行ってきなさイ♡」 ひゅっとアレンの胸元へ、市松模様のカードが飛んできた。カードはくるりと回転して、アレンの目の前へ。そこには壮麗な装飾が施された金縁に嵌められた鏡の絵が大きく描かれていた。
「ある人物を探し出して此処まで連れてくるんでス。簡単でショウ♡」
「...どなたですか、」 「ティキ・ミックという名の男でス♡」 伯爵がそう告げると、カードの中の鏡に痩せて青白い顔の女が映り込んだ。アレンは ちらり、 それを一瞥した。
「失礼のないように、ここに相応しい姿にして連れて来なさいネ♡」
どうも長期の仕事になりそうだと、アレンはうんざりとした気分で一路、ヨーロッパの西はずれの国へと旅立った。
伯爵の云い様から、おそらく新たに覚醒したノアの一族のひとりなのだろうと推論していたアレンは(同胞を感知できるなら自ら赴けばいいものを!)鏡の中の貴婦人―――ポンパドゥール婦人とアレンは名付けた―――が大きな扇子の影で指差した先の少年を見て、深い溜息をついた。
そこは、格安な賃金で浮浪者や孤児を雇って、半ば強制労働させている鉱山の作業場だった。
アレンは嫌な匂いのする風に顔を顰めながら、ポンパドゥール婦人が“当たり”と示した少年が黙々と働く姿を見つめていた。さて、どうしたものか...
伯爵は、 相応しい姿で とアレンに命じた。伯爵の元へ連れて行く際に、相手に似合うよう見繕った
ノアといえば、ロードという幼いながらもノアの特性を十二分に顕す少女の姿を目にすることが多いからなのか、ティキ・ミックという少年は驚くほど真面目に労働しているようにアレンには感じられた。人間としての生活を、彼は懸命に送っているのだ...アレンは少年の運命にそっと同情した。彼はノアの
自分などが同情していると知れたら、ロードあたりに血祭りに挙げられそうだ...そう一人ごちて、アレンはそっとその場を後にした。少年がちらりと、その視線を黒い背中に寄越したのを知らずに。
「...Muito Prazer,セニョール・ミック、」
そう呼びかけると、本人とその場に居合わせた少年2人が揃ってこちらを振り返った。怪訝な顔。
「なんだアンタ、」
この場に不釣合いな、上等の黒の礼装に身を包んだアレンに警戒心を剥き出しに訊いてくる。
「俺に何の用だ? おチビちゃん」
目的の人物が、分厚い丸眼鏡の奥に瞳を隠しながら問いかけた。
僕は使いの者です、 とアレンは告げた。
「貴方様をお迎えに上がるようにと御命令を受けて参上しました」
はっ、と嘲るような笑い声が上がった。アレンの遣う話法を完全に莫迦にした笑いだった。
「...何処のお偉い方か知らないが、俺たち孤児上がりの浮浪者に一体なんの御用があるっていうんだ? 小僧」
ティキ・ミックと昼休憩を共にしていた少年が云う。もうひとりもギラギラとした目でアレンを睨んできていた。そんな視線には全く動じず、アレンはぐしゃぐしゃの黒髪の少年だけを見つめて、再度口を開いた。
「...僕が仰せつかったのは、ミックさん、貴方だけです。ご同行願えますか?」
その云い様に、他の二人が青筋を立ててますますアレンを睨んできた。今にも殴りかかられそうな雰囲気に、アレンは地面に座り込む二人を睨み据えた。
すると、わかった という声が上がった。彼は立ち上がると土埃を払うためにワークパンツを叩いて、アレンを見た。
おい、何云ってんだティキ...友人たちが慌てるのに ニヤ と笑いかけた少年は、「気にすンな、ちょっと行って来るだけだ」 と返して歩き出す。アレンの横をすり抜けて、離れた処に待たせていた箱馬車までスタスタと歩いていく。アレンも慌てて後を追った。後ろからは彼の友人たちが、稼ぎはどうするんだよ!と半ば怒りの声を上げている。それに少年はぴくりと反応して、どうなんだ? というようにアレンを振り返った。
「雇用主には、貴方をお借りしたいと伝えてあります。それに関しては了承を頂きました。お給料は出してくれないそうですが。ご迷惑を掛けた分、給料分の代金は、こちらがお支払いいたします」
そういうアレンの言葉を聞いて、少年は 心配ないってー! と友人たちへと叫び返す。呆然と見送る友人たちを省みないまま、少年は再び歩み始めた。馬車まで辿り着くと、御者が恭しく黒塗りの扉を開いて彼を迎えた。少年に続いて、アレンも馬車へと乗り込む。扉が閉められ、二頭立ての馬車は走り出した。中にはひとり、執事役のアクマが控えていた。そのすぐ隣にアレンは腰を下ろし、正面に座るノアを改めて見つめた。
「俺を何処に連れてくんだ、おチビちゃん」 「僕はアレンです、セニョール」
質問に答える前に、アレンは慣れないこの国のことばでそう告げた。 おチビちゃん と呼ばれるのが不快でならなかった。確かに外見は子どものままだが、このノアよりはずっと 年上 なのだ。
はは、少年は笑った。ちゃんと名前があるんだな、と呟いて。それはまるで、アレンにちゃんと自我があるんだな、というように聞こえた。
「お前、昨日俺を覗いてたヤツだろ?」
「...気付いて、いたんですか、」 思いもよらなかったアレンは、素直に驚きを露わにした。ノアの少年は笑みを浮かべた。近いうちに、何か来るだろうなとは思ってたけど 彼は云った。
馬車が辿り着いた場所は、郊外にある屋敷だった。千年伯爵所有のものだ。馬車を降りたノアの少年とアレンは、執事に導かれてその扉をくぐった。使用人として配置された数体のアクマに出迎えられて、少年は ふん と鷹揚に鼻を鳴らした。
「このオカシな奴らって時々混じってるの見かけるけど、いったい何なんだ? お前、知ってンの?」
「それについては、後からご説明致します。まずは...失礼ですが貴方のその身形を整えさせて戴く事から始めさせてもらいます」
あァ? ノアは不機嫌な声を発した。突如 ガシャン と金属音が響いて、メイドに扮していたアクマが紅い絨毯の上に崩れ落ちた。アレンが目を瞠る。拘束されていた魂が、悲鳴を上げて散って_消えた。
見れば、少年の手にはアクマの
へぇ! こいつらってこんなんなってンのか、と愉快そうに笑う。驚くアレンに、にこりと微笑みかけるその姿は、ここにはいないノアの少女を彷彿とさせる禍々しさをもっていた。
「...先に、説明だろ? ナァ、おチビちゃん」
同情なんかするんじゃなかった、とアレンは心のうちに呟きを落とした。
......この少年も紛れもなく、ノアであったのだから。
(解き放ちたまえ、主よ。
あなたを信じて世を去った、すべての魂を罪のしがらみから解きたまえ。)