Requiem aeternam dona eis Domine:
et lux perpetua luceat eis.

こんばんわ、隣いいですか?  と話しかけたら、次の瞬間、黒い刃が眉間に突き付けられていた。
 まったく、なんて乱暴な種族なんだろうエクソシストってやつは!
と 悪態が口から漏れ出るのを渾身の力でなんとか食い止めたら、喉を通る前に殺された息が変な音を立てた。

なんて無様な音。


「ユウ、いきなりそれはないさー」
テーブルの向こう、僕に凶器を突き付けて痺れるような殺気を送りつけてくる人間の隣で、どこか のほほん とした声が上がる。

「...あ、あの、すいません。お邪魔でしたか? だったら他をあたりますから...」

できるだけ怯えたような声音で。ほんとうに僕はこんな演技ばかりが上手くなっていくんだから。いや別に役に立ってるし、好都合だからいいんだけども。

先程漏れ出た吐息が、あまりにも哀れっぽさを演出していたのだろうか。
声を掛けた相手である、黒髪の女の子も、 「神田、止めなさいよ。勘違い」 なんて云っている。

 いや別に、間違ってないよ、彼は―――

そんな風に云ってやりたくなるのをぐっと堪えて、僕は へらり とした笑みを浮かべた。
愛想良く見えますように。

改めて相席を申し出ると、ふたりは快く承知してくれた。綺麗な発音の英語だった。
(僕に刃を突きつけた長髪の剣士は不機嫌そうに鼻を鳴らしたけれども!)
ありがとうございます、と礼を云って椅子を引く。

狭いテーブルの上には店自慢のご当地料理が並べられ、まだ手のついていない皿もあった。
僕は通りかかったウェイトレスを片手を挙げて引き留め、水とパンとサラダを注文した。メニューも見ずに、たいして手間のかからない、どこへ行って食べても変わり映えしないだろう注文内容に店員は不信気に僕を見たが、畏まりましたと告げて奥の厨房へと引っ込んで行った。

しばらくして僕の注文した品が運ばれてきて、賑やかな料理の隣にひっそりと並んだ。僕はおもむろに両手を組んだ。神への祈りを捧げるために。

その様子を見ていた3人が、警戒を解くのがあからさまに感じられて、僕は思わず笑い声を立てそうになった。なんて簡単に騙されることだろう!! 主よ、感謝します。

僕はパンを千切って口に放り込み、咀嚼しながらこの3人をそっと観察した。
「あの...良ければ食べる?」
思わぬタイミングで掛けられた声に、僕は少なからず驚いた...もの欲しそうに見えたのだろうか。
少女の心遣いに向かい側の青年二人がちらりと反応を見せる。止めておけよ、というように。
だからというわけではないが、僕は丁重にお断りの言を述べた。
「ああ、いいえ、お構いなく。お昼をちょっと食べ過ぎたので、お腹がいっぱいなんですよ」 これは真実だ。
僕が断ったことで、少女は寂しげにお皿を元の位置へと戻した。

自分の食事を済ませてしまうと、僕は再び店員を呼び寄せ、4人分のコーヒーを注文した。すると、少女と眼帯をした青年が驚いたようすで僕を見た。奢りです、と微笑み返す。
「...皆さん、旅の途中ですか?」
「そんなもんかな。アンタもか?」
「ええそうです、東ヨーロッパをブラブラと旅行中で」
旅行中? 胡散臭げな声が返ってきた。今、夏期休暇ですから と僕は用意してあった答えを告げる。見た目12,3歳くらいの僕ならば、本来はパブリックスクールにでも通っているべきところだ。
「...あーそっか、学校か...」
おそらく彼らは、学校に通ったこともないのだろう。曖昧に納得して眼帯の青年が頷いた。
いいご身分だな、と黒髪の剣士が呟いたのを、カンダ、と少女が細い声でたしなめた。

「でもさ、その歳で一人旅は危なくね?」
「そんなに心配することもないですよ。知り合いや親戚を尋ねながらの旅ですし...この辺りは治安もいいし...」

コーヒーが運ばれてきて、それぞれの前に配られた。黒髪の青年が、グリーンティーはないのか、と呟いた。
「皆さん、どちらからいらしたんですか? 変わった服を着てらっしゃいますけど」
「英国さ、」 「...へぇ、奇遇ですね、僕もです」 そんなあたりさわりのない話をする。気になっていた年齢を訊くと、彼らはまだ十代だと僕に告げた。黒髪の剣士はカンダ、という日本人で、少女はリナリーという名の中国人、眼帯にバンダナをした人当たりのよさそうな、一番お喋りな彼はラビと名乗った。
名前を聞いてもいい? とリナリーが僕の顔を覗き込みながら云う。
「ええ、もちろん。僕はアレン、アレン・ウォーカーといいます。よろしく、」



「アレン君、よい旅を。」 リナリーが手を振ってくるのを返しながら、僕は3人と別れた。
「ええ、貴方がたも。...またどこかでお会いできるといいですね、」 これは本心からだった。
そう、また何処かで。エクソシストさんたち。


カンダは褪めた視線を寄越し、ラビは片目だけで曖昧な笑みを見せて、背を向けた。

 

 

 

 

(主よ、彼らに永遠の安息を与えたまえ。絶えざる光で彼らを照らしたまえ。)