Christe,
eleison.
Christe,
eleison.

「よぉ、こんな処でなにやってんだ、アレン」

「貴方こそ、こんな処になにをしに来たんですか、ロード=ティキ・ミック」
任務の合間に一服しに来たんだよ、と彼は答えてフォーマルの胸元を探った。
「此処、いー眺めじゃん」

街のほぼ中心にあたる教会の鐘楼の一端に腰を下ろし、巨きな黄金のチャペルを背に、僕は沈みゆく紅い太陽に目を細めた。
せっかくひとりの時間を楽しんでいたところだったのに。
「それでお前はなにしてンの」
「...もの思いに耽ってましたよ、サー」
黄昏てたのかよ! と彼に笑い飛ばされて、僕は憮然とする。とんだ邪魔が入った。よりにもよって彼。
無下に追い返すわけにもいかない。

シガレットケースから紙巻煙草を取り出して、火ィ持ってない? なんて訊いてくる。
吸うなら勝手にひとりで吸えばいいものをと思いながらも、逆らうこともできずに、コートの内側から小さな箱を取り出した。煙草を吸わない僕が、こんなものを持ち歩いてるのはひとえに彼の所為だ 。
多少乱暴に彼の取り出した煙草を奪って、燐寸を擦った。太陽と同じ色の小さな火が点って、すぐに消える。リンが酸化した匂いが鼻をくすぐり、口の中には苦い煙の味が広がった。

ふーっ

彼の手に煙草を押し付けてしまうと、僕は再び座り込んで シャボン玉 でも吹くみたいに煙を吐き出した。

  

  

  

彼のくゆらす紫煙が、風を受けて僕の目の前を揺らめきながら流れていく。
お互い黙したまま。

僕は彼に気を配ることを放棄して、再びぼんやりと暮れなずむ街を眺めた。
夕食の支度のためにそこここから上がる白い煙。
幸せな家族の団欒と、その影に潜むアクマ達が活発になる時間へと移り行こうとしている。

無知なるゆえに幸福な人間たちは、儚い一時を永遠に続くものと錯覚して、
人間を殺すことしかできぬアクマは飢えと苦しみから逃れるためにその時を壊す。
伯爵好みの悲劇はこの街でも起こり、その結果だって存在する。
穏やかな街並みは上辺だけのもの。


そういえば、人間を愛したかったと云ったアクマがいたっけな、と僕は記憶を揺り起こした。
人間の男は簡単に壊れてしまうから、対象に選ばれたのはよりにもよって人間のなかでもイノセンスの適合者だった。

途中までは上手くいっていたらしいけど、黒の教団のエクソシストが介入してきて、彼女はその願いを果たせずに散った。
愛したいと願った男の手にかかって。愛されながら 壊され て逝った。



僕にとっては残念な結果だった。ほんの少し期待をしていたのに。
結局アクマとエクソシストは相容れぬ運命にあるということだ。親愛の情をもつほうが間違ってる。
人間の悲劇によって生み出されるアクマは、誰にも顧みられることのない存在。

黒のクラーヂマンはその無垢をもってアクマという悲劇を闇に葬り、
伯爵とノアの一族は悪性兵器としてアクマを使役し人間を襲わせる。




いま隣に立って煙草をふかすこの男も、ノアという超人の遺伝子を継ぐ 人間 であることに気付いて、

彼が最期に選ぶのは 白い 彼なのか 黒い 彼なのか、どちらなのだろうという疑問が浮かび、


訊く事もできずに僕は戯れに寄せられた唇を受け入れながら、沈む夕日の色を追いかけていた。

 

 

 

 

(キリストよ、憐れみたまえ。キリストよ、憐れみたまえ。)