Kyrie,
eleison.
Kyrie,
eleison.
...その城は針葉樹の森に囲まれ、城下町ももたずにそびえ立っていた。切り立った崖の上に、黒い城。
情報通りの薄気味悪さに、吸血鬼の城なんて云われるくらいだから、これぐらいの雰囲気はなくっちゃ なんて、莫迦げたことを考えた。
コートの裾が、旋風に巻き上げられてはためく。
手ごろな城の尖塔のひとつに腰を下ろした僕の視界には、ひとりのアクマが懸命に土を掘り返していた。
女の皮のままじゃあ手間がかかるだろうに、その外見を何より気に入っている彼女のポリシーなのか、ボディを転換せずにシャベルを使っていた。
ご苦労なことだ。
いつ終わるともわからない ( 確実に日は暮れそうだ ) 穴掘りを見続けるのはいい加減に厭きてきていたので、僕は彼女に声をかけることにした。 《 こんにちは、エリアーデ 》
彼女の手から大きなシャベルが滑り落ちて、掘り返された柔らかい土の上に横たわった。
驚愕/焦燥/恐怖/緊張/青ざめた顔色。
なんて反応。
堪えきれず洩らした笑い声にようやっと僕の位置を認識したのか、彼女の顔がこちらを向いた。
緊張と恐怖とに、下がる半身。
「逃げようっても無駄ですよ、エリアーデ」 僕の言葉に彼女は諦めたように全身の力を抜いた。そして云う。
「もうバレちゃったの...」
「...話が見えませんね、何がバレたっていうんです?」 それは、 彼女は口篭った。
「僕がここに来たのは、只の散歩ですよ。時間外です、ねぇエリアーデ、」
名を呼ばれて、彼女は恐る恐る面を上げた。
「貴女がココでなにをしているかなんて、僕には結構どうでもいいことなんですよ」
彼女の目がまあるく開かれた。綺麗に化粧を施された顔が、ほんの少しだけ幼く見えた。
「...は、伯爵様に、云わないの...」 「面倒くさいです。時間外のことまでイチイチ」 僅かに苛立ちを含ませて云い放つと、彼女はビクリと身体を竦ませた。 「ああ、」
「別に今ここで処分しようなんて考えてませんよ、ご心配なく」 手袋に包まれた両手をひらひらと振ってみせる。
信じていいものかどうか、迷うように彼女は視線を彷徨わせた。まあもっともな反応だ。別にそれくらいで今更腹を立てるつもりもない。
「それで貴女は...」「ェリアーデ......」
蚊の鳴くような声が紛れ込んで、僕は仕方なく口を噤んだ。
「アレイスター様!」
彼女が声を上げると同時に、建物の影からひょろりと背の高い、全身黒ずくめの男が現れた。例の吸血鬼か。それにしては涙と涎で汚れた顔が、あまりにも相応しくなくて僕はちょっと幻滅した。
ずびずびと鼻を啜りながらやってきた男は、駆け寄ったエリアーデにハンケチで顔を拭われている。何やら会話を交わした後、一緒に穴を掘り出した。
男が来たことで作業は速度を上げ、木の箱が穴に納められた。墓穴。なるほど。
廃木を荒縄で括って立てたみすぼらしい十字架に、僕は中身のないに等しい墓に相応しいと、口の端を吊り上げて笑った。
短い祈りが捧げられて、男女は城の中へと消えて行った。途中で彼女だけが振り返る。僕へ不安げな視線を寄せる。
僕はにっこりと彼女へ笑いかけた。
手を振って見送った。
望むのならば、お約束いたしましょう......
彼女は複雑な表情を浮かべたあと、心を決めたように ひとつ 頷いて身を翻した。
情報通りの薄気味悪さに、吸血鬼の城なんて云われるくらいだから、これぐらいの雰囲気はなくっちゃ なんて、莫迦げたことを考えた。
コートの裾が、旋風に巻き上げられてはためく。
手ごろな城の尖塔のひとつに腰を下ろした僕の視界には、ひとりのアクマが懸命に土を掘り返していた。
女の皮のままじゃあ手間がかかるだろうに、その外見を何より気に入っている彼女のポリシーなのか、ボディを転換せずにシャベルを使っていた。
ご苦労なことだ。
いつ終わるともわからない ( 確実に日は暮れそうだ ) 穴掘りを見続けるのはいい加減に厭きてきていたので、僕は彼女に声をかけることにした。 《 こんにちは、エリアーデ 》
彼女の手から大きなシャベルが滑り落ちて、掘り返された柔らかい土の上に横たわった。
驚愕/焦燥/恐怖/緊張/青ざめた顔色。
なんて反応。
堪えきれず洩らした笑い声にようやっと僕の位置を認識したのか、彼女の顔がこちらを向いた。
緊張と恐怖とに、下がる半身。
「逃げようっても無駄ですよ、エリアーデ」 僕の言葉に彼女は諦めたように全身の力を抜いた。そして云う。
「もうバレちゃったの...」
「...話が見えませんね、何がバレたっていうんです?」 それは、 彼女は口篭った。
「僕がここに来たのは、只の散歩ですよ。時間外です、ねぇエリアーデ、」
名を呼ばれて、彼女は恐る恐る面を上げた。
「貴女がココでなにをしているかなんて、僕には結構どうでもいいことなんですよ」
彼女の目がまあるく開かれた。綺麗に化粧を施された顔が、ほんの少しだけ幼く見えた。
「...は、伯爵様に、云わないの...」 「面倒くさいです。時間外のことまでイチイチ」 僅かに苛立ちを含ませて云い放つと、彼女はビクリと身体を竦ませた。 「ああ、」
「別に今ここで処分しようなんて考えてませんよ、ご心配なく」 手袋に包まれた両手をひらひらと振ってみせる。
信じていいものかどうか、迷うように彼女は視線を彷徨わせた。まあもっともな反応だ。別にそれくらいで今更腹を立てるつもりもない。
「それで貴女は...」「ェリアーデ......」
蚊の鳴くような声が紛れ込んで、僕は仕方なく口を噤んだ。
「アレイスター様!」
彼女が声を上げると同時に、建物の影からひょろりと背の高い、全身黒ずくめの男が現れた。例の吸血鬼か。それにしては涙と涎で汚れた顔が、あまりにも相応しくなくて僕はちょっと幻滅した。
ずびずびと鼻を啜りながらやってきた男は、駆け寄ったエリアーデにハンケチで顔を拭われている。何やら会話を交わした後、一緒に穴を掘り出した。
男が来たことで作業は速度を上げ、木の箱が穴に納められた。墓穴。なるほど。
廃木を荒縄で括って立てたみすぼらしい十字架に、僕は中身のないに等しい墓に相応しいと、口の端を吊り上げて笑った。
短い祈りが捧げられて、男女は城の中へと消えて行った。途中で彼女だけが振り返る。僕へ不安げな視線を寄せる。
僕はにっこりと彼女へ笑いかけた。
手を振って見送った。
望むのならば、お約束いたしましょう......
彼女は複雑な表情を浮かべたあと、心を決めたように ひとつ 頷いて身を翻した。
(主よ、憐れみたまえ。主よ、憐れみたまえ。)