Fiant aures tuae inten-
dentes
in orationem servi tui.
「悪魔が見える? 何云ってんだお前...下手な嘘をつくなよ、ただお前も」
アクマ ってだけだろうが!
神田は上段に構えた刀を目の前の子どもの白い頭目掛けて容赦なく振り下ろす。
アレンは避けることをせず、ただぎゅっと両目を硬く瞑った。
しかし恐れていた衝撃が訪れることはなく、代わりにアレンを包んだのは軽やかな浮遊感だった。 「リナリー?!」
血迷いやがったか?! 神田が悪態をつく間もなく、彼の周りに銃弾が降ってきた。ラビが槌を回転させてそれを防ぐ。ちっ と神田は舌打ちした。 「まだ居やがったのかアクマめ...!」
アレンと帽子の男を瞬く間に鮮やかに攫ってみせたリナリーは、離れた場所に二人を下ろすと、 にこり と笑いかけた。
「ここに居てね、」
「リナリーさん...」 アレンが泣きそうに リナリーにはそう見えた。アレン君の云うこと、信じてみるわ、わたし。彼女は毅然として告げた。
アレンはこくん、と頷くと、 「あそこ」 とだけ云ってリナリーの背後を指差した。小さな田舎の駅の、屋根の上。神田とラビに攻撃するアクマがいた。リナリーは足元の 発動させたイノセンスを纏ったまま、とん と地面を蹴って宙に舞った。たったひと跳びでボール型に身体を転換させたアクマの頭上に至ると、まさに天罰とはこう下されるのだと謂わんばかりの鋭さでアクマを地に落とす。
その瞬間 きぃん と耳障りな音がリナリーの鼓膜を叩いた。
な、に...?
舞い落ちる神の使徒の視界に、奇妙なものが映った。 じゃらり、と鳴ったのは銀の鎖だった。天に向けて滂沱のなみだを流す男がいた。顔はその涙と入り混じった血でまだらに染まっていた。地獄の底から亡者の悲鳴が溢れ出す。がばり と顎が外れたように大口を開けた男の中身が透けて見えた。どこまでも昏いくらい闇。キチキチキチ。血の涙を流す男が身体を揺すったのか。それともこれはアクマの身体が崩れる音なのか。 どしゃん それは酷く不快な落下音だった。ゴオオオオオオ。 風が怒る音が、リナリーにも、ラビにも神田の耳にも届いた。耳に届いたというよりは、全身に浴びせかけられたようだった。しばらくしてリナリーはじんじんと腰が痛むのを感じた。そうしてようやく、自分が着地に失敗したことに気付いた。
黒く凝った穢れそのものである 何か が、のた打ち回りながらリナリーに近づいてくる。
「...に、コレ......」 リナリーはやっとの思いで口にした。口の中に嫌な酸っぱさが広がっていく。
いやあ! 少女の喉から甲高い悲鳴が迸った。
「リナリー!」 ガシャン。
アクマに止めをさしたのは彼女の仲間だった。心強い仲間。 ラビ、カンダ... 少女が震える声で名前を呼ぶと、二人もほっとしたような顔を見せた。
「...あ―――」
リナリーのまあるい瞳がさらにまあるく見開かれた。恐怖のためではなかった。ただ純粋に、驚きのためだった。
神田とラビも それ に気付いた。あの禍々しい黒い塊から、何かが抜け出ようとしていた。硝子を引っ掻き回した挙句に割ってしまった、そんな音がして―――たった今目覚めたかのような、なんともさっぱりとした表情の男が、 すうぅぅ と天に昇って、消えて逝った。
「...おどろい、た...初めて見ました...こんな...なるなんて...」
呆然としていた3人の背後から、そう子どもの声がした。アレンだ。
「―――お前、“悪魔”が見える ってそう云ったよな? アレン、」
ラビが 悪魔 の発音に気をつけて云った。3人が見つめる白く小さな子どもは、その左頬を赤く血で染めている。アレンは視線を左右に動かし、口篭った。やがて諦めたように吐息をつくと、ある告白を始めた。少し長い話になります―――アレンはそう断って、話し始めた。
アレンが語った内容を簡単にまとめると、こうだ。
自分は幼い頃、何かに襲われこの左目に疵を受けた。それはけして癒えることなく_やがて奇妙なものをアレンに見せ始めたという。普通の人間に混じって、何か黒いモノを引き摺る人間を見るようになった。それは嘆き哀しむ慟哭の魂で...その人間の周りでは必ず人の死があることにアレンは気づいた。やがてそれはアレン以外の人間の目にも映るようになり...アレンは世にも恐ろしいものを見せるとして―――悪魔憑きの子どもとして生みの親に捨てられた。誰からも忌み嫌われたアレンだったが...敬虔な神の信者である、今の親に拾われて...その悪魔憑きの力を祓う事はできなくとも、アレンは押さえ込む方法を成長と共に手に入れたのだという。
「...アレ がなんなのか、僕は知りません...でもずっと知りたいと思ってた。アレ はすごく禍々しいけれど、でも見てるとすごく哀しいんです。僕にはわかる...アレ は悪魔みたいに恐ろしいものだけど、でもなぜだか僕たちに近いもののような気がして......あ、あなたたちは、いったい なんなんですか?! どうして、アレ を救うことができたんですか?」
「...救う?」 神田が顔を歪ませた。
「...俺たちは別に救ったわけじゃない。アクマを破壊しただけだ」
「そんな...っ だってあのひと、あんなに...」 アレンは泣きそうに声を震わせたが、けして泣く事はしなかった。芯のつよいやつだな とラビは思った。
「アレン、オレたちは エクソシスト なんさ」 「...エクソ、シスト?」
そうそう、とラビは幼子に新しい言葉を教えるように云った。
「お前が今まで見てきたのはさ、全部 アクマ だ」 アレンは訥々と語るラビの言葉に大人しく耳を傾けていた。ガキだが頭の悪いやつじゃない―――ラビは気をよくして続けた。
「アレ は人間を襲うんさ。物語の中の悪魔とはちょっと違う...アクマ だ。人間を襲うようにプログラムされている、いわば兵器」
ラビはアクマの生み出される過程をおとぎ話でもするみたいに語ってみせた。子どもは 漆黒 の目をまるまると見開いた。左目から涕のように流れていた血を拭き取って、ところどころ赤い染みの付いたハンケチを握る右手をぎゅっと握り締めて。
「詳しいことはわっかんねーけど、たぶんお前が見てるのは...その拘束されてるアクマの魂だ」
たましい...アレンが呆然とした表情でラビの言葉を反芻した。 「それで...」
彼らはあんなにも 苦しそう だったんですね...
そうアレンは呟いたが、この場にその言葉に賛同してくれる者は 誰一人 いなかった。
アクマ ってだけだろうが!
神田は上段に構えた刀を目の前の子どもの白い頭目掛けて容赦なく振り下ろす。
アレンは避けることをせず、ただぎゅっと両目を硬く瞑った。
しかし恐れていた衝撃が訪れることはなく、代わりにアレンを包んだのは軽やかな浮遊感だった。 「リナリー?!」
血迷いやがったか?! 神田が悪態をつく間もなく、彼の周りに銃弾が降ってきた。ラビが槌を回転させてそれを防ぐ。ちっ と神田は舌打ちした。 「まだ居やがったのかアクマめ...!」
アレンと帽子の男を瞬く間に鮮やかに攫ってみせたリナリーは、離れた場所に二人を下ろすと、 にこり と笑いかけた。
「ここに居てね、」
「リナリーさん...」 アレンが泣きそうに リナリーにはそう見えた。アレン君の云うこと、信じてみるわ、わたし。彼女は毅然として告げた。
アレンはこくん、と頷くと、 「あそこ」 とだけ云ってリナリーの背後を指差した。小さな田舎の駅の、屋根の上。神田とラビに攻撃するアクマがいた。リナリーは足元の 発動させたイノセンスを纏ったまま、とん と地面を蹴って宙に舞った。たったひと跳びでボール型に身体を転換させたアクマの頭上に至ると、まさに天罰とはこう下されるのだと謂わんばかりの鋭さでアクマを地に落とす。
その瞬間 きぃん と耳障りな音がリナリーの鼓膜を叩いた。
な、に...?
舞い落ちる神の使徒の視界に、奇妙なものが映った。 じゃらり、と鳴ったのは銀の鎖だった。天に向けて滂沱のなみだを流す男がいた。顔はその涙と入り混じった血でまだらに染まっていた。地獄の底から亡者の悲鳴が溢れ出す。がばり と顎が外れたように大口を開けた男の中身が透けて見えた。どこまでも昏いくらい闇。キチキチキチ。血の涙を流す男が身体を揺すったのか。それともこれはアクマの身体が崩れる音なのか。 どしゃん それは酷く不快な落下音だった。ゴオオオオオオ。 風が怒る音が、リナリーにも、ラビにも神田の耳にも届いた。耳に届いたというよりは、全身に浴びせかけられたようだった。しばらくしてリナリーはじんじんと腰が痛むのを感じた。そうしてようやく、自分が着地に失敗したことに気付いた。
黒く凝った穢れそのものである 何か が、のた打ち回りながらリナリーに近づいてくる。
「...に、コレ......」 リナリーはやっとの思いで口にした。口の中に嫌な酸っぱさが広がっていく。
いやあ! 少女の喉から甲高い悲鳴が迸った。
「リナリー!」 ガシャン。
アクマに止めをさしたのは彼女の仲間だった。心強い仲間。 ラビ、カンダ... 少女が震える声で名前を呼ぶと、二人もほっとしたような顔を見せた。
「...あ―――」
リナリーのまあるい瞳がさらにまあるく見開かれた。恐怖のためではなかった。ただ純粋に、驚きのためだった。
神田とラビも それ に気付いた。あの禍々しい黒い塊から、何かが抜け出ようとしていた。硝子を引っ掻き回した挙句に割ってしまった、そんな音がして―――たった今目覚めたかのような、なんともさっぱりとした表情の男が、 すうぅぅ と天に昇って、消えて逝った。
「...おどろい、た...初めて見ました...こんな...なるなんて...」
呆然としていた3人の背後から、そう子どもの声がした。アレンだ。
「―――お前、“悪魔”が見える ってそう云ったよな? アレン、」
ラビが 悪魔 の発音に気をつけて云った。3人が見つめる白く小さな子どもは、その左頬を赤く血で染めている。アレンは視線を左右に動かし、口篭った。やがて諦めたように吐息をつくと、ある告白を始めた。少し長い話になります―――アレンはそう断って、話し始めた。
† † †
アレンが語った内容を簡単にまとめると、こうだ。
自分は幼い頃、何かに襲われこの左目に疵を受けた。それはけして癒えることなく_やがて奇妙なものをアレンに見せ始めたという。普通の人間に混じって、何か黒いモノを引き摺る人間を見るようになった。それは嘆き哀しむ慟哭の魂で...その人間の周りでは必ず人の死があることにアレンは気づいた。やがてそれはアレン以外の人間の目にも映るようになり...アレンは世にも恐ろしいものを見せるとして―――悪魔憑きの子どもとして生みの親に捨てられた。誰からも忌み嫌われたアレンだったが...敬虔な神の信者である、今の親に拾われて...その悪魔憑きの力を祓う事はできなくとも、アレンは押さえ込む方法を成長と共に手に入れたのだという。
「...アレ がなんなのか、僕は知りません...でもずっと知りたいと思ってた。アレ はすごく禍々しいけれど、でも見てるとすごく哀しいんです。僕にはわかる...アレ は悪魔みたいに恐ろしいものだけど、でもなぜだか僕たちに近いもののような気がして......あ、あなたたちは、いったい なんなんですか?! どうして、アレ を救うことができたんですか?」
「...救う?」 神田が顔を歪ませた。
「...俺たちは別に救ったわけじゃない。アクマを破壊しただけだ」
「そんな...っ だってあのひと、あんなに...」 アレンは泣きそうに声を震わせたが、けして泣く事はしなかった。芯のつよいやつだな とラビは思った。
「アレン、オレたちは エクソシスト なんさ」 「...エクソ、シスト?」
そうそう、とラビは幼子に新しい言葉を教えるように云った。
「お前が今まで見てきたのはさ、全部 アクマ だ」 アレンは訥々と語るラビの言葉に大人しく耳を傾けていた。ガキだが頭の悪いやつじゃない―――ラビは気をよくして続けた。
「アレ は人間を襲うんさ。物語の中の悪魔とはちょっと違う...アクマ だ。人間を襲うようにプログラムされている、いわば兵器」
ラビはアクマの生み出される過程をおとぎ話でもするみたいに語ってみせた。子どもは 漆黒 の目をまるまると見開いた。左目から涕のように流れていた血を拭き取って、ところどころ赤い染みの付いたハンケチを握る右手をぎゅっと握り締めて。
「詳しいことはわっかんねーけど、たぶんお前が見てるのは...その拘束されてるアクマの魂だ」
たましい...アレンが呆然とした表情でラビの言葉を反芻した。 「それで...」
彼らはあんなにも 苦しそう だったんですね...
そうアレンは呟いたが、この場にその言葉に賛同してくれる者は 誰一人 いなかった。
(嘆き祈る私の声に耳を傾けたまえ。あなたのしもべの祈りに。)