僕がテーブルの上に散らばっていたスケッチをざっと片付けている
間に、シュウさんが布団を敷いてくれていた。

……これからあの布団で……

急に現実感が増してきて、一旦収まっていた心臓が、
またしてもドキドキし始める。
恥ずかしさと緊張で、僕はテーブルに向かって正座したまま
身動き出来なくなってしまった。


コトン、と音がする。
気付くとシュウさんが温かいお茶を僕の前に置いてくれていた。
すっかりこのまま雪崩込むと思っていた僕は、
ちょっとびっくりしてシュウさんを見る。
同じ様に自分にもお茶を注ぎ、僕の隣に胡坐をかく。

「まだまだ夜は長いですからね。ゆっくり行きましょう?」

そう言って、僕の好きなあの微笑を見せた。


その後何だか拍子抜けしたようになって、すっかりリラックスした
僕は、自分の事をあれこれと話した。
家族がいない事や小野さんと出会った時の事、
母親との思い出など本当に様々な事を。

シュウさんはとても話し上手だが、その分聞き上手でもあり、
時々質問をしてくれたりしながら、始終うんうん、と
頷いて聞いてくれた。

こんなに自分から色んな事を話すなんて、一体どれ位振りだろう?
父親のような小野さんにももちろん話をする事はあったが、
ほとんどが聞かれた事に答えるといった感じだった。
人と話す事がこんなに楽しいなんて……

その後、僕がここに来た理由を話した時。
シュウさんは黙って僕の話を聞いた後、静かな声でこう言った。

「創り手というのは結構大変なものです。
 才能だけで生活出来る訳じゃないですからね。
 だから道は大抵二つしかない。
 大衆受けするように自分の表現したい物を曲げてしまうか、
 その道で食べる事を諦め、趣味として割り切るか。
 でも稀に才能と幸運を両方持っている人間がいるんですよ。」

そこまで言って、ジッと僕を見詰めた。

「ユヅキさんは才能にも幸運にも恵まれていると思いますよ。
 今回自分の為に絵を描いてごらんと小野さんが言ったのでしょう?
 あの人は先見の明を持った人でね。
 私も結構長い付き合いになりますが、
 小野さんの見る目が外れた事は一度もありません。
 今貴方が悩んでいる事の答えは、
 貴方が本当に自分の為に絵を描きあげた時、自然に
 出ると思いますよ。」


僕は少しの間考え込んだ。
僕に絵の才能があるのかどうかはわからない。
でも小野さんに勧められて訪れたこの場所で、
たった今日一日のうちに、目まぐるしく僕の心が変わったように思う。

いつも同じ様に見えながらも、
実は常に変化し続ける自然の姿を描き止めたいと思った事。
生まれて初めて人物像を描きたいと思った事。
そして、何より大切なシュウさんとの出会い……

自分の為に何を描いたらいいのか今はまだわからないけれど。
でもきっとここで過ごす間に見付けられる気がする。
まずは恐れずに色々なものを描いてみよう。
ここにいる時間を一秒も無駄にしないように。


「僕、何だか吹っ切れたような気がします。
 シュウさん、ありがとうございました。」

そう言って僕は満面の笑みをシュウさんに向けた。
すると、お役に立てたのなら良かったです、と微笑み

「……ではそろそろ私にお時間をいただいても構いませんか?」

と言ってふわっと僕を抱き上げパチンと電気を消した後、
僕を布団にゆっくり降ろし、枕元の和風スタンドに明かりを灯した。

正直すっかりリラックスして話に夢中になっていたので、
シュウさんに抱き上げられた瞬間、何が起こったのか
わからなかった。
でも布団に押し倒され、ようやく状況を把握した僕は
思わずその身体の下から逃れようとしてしまう。

「……もう逃がしません、と言いましたよね?」

シュウさんがちょっと意地悪く微笑んだ。
ど、ど、ど、どうしよう……



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