翌日、僕はシュウさんが作ってくれたお弁当を持って、
絵を描く為にあちこち出歩き、シュウさんは宿で仕事をした。
宿に戻ると待っていたシュウさんに手を引かれ、
恥ずかしがる暇もない程手早く服を脱がされて一緒に
お風呂に入った。
もしかしたら何かされちゃうのかな、と少しドキドキする僕を余所に、
あくまでもシュウさんは淡々としていた。
何事もなくお風呂から上がり、ホッとした様な少し
残念なような気がしてしまう。
でも、今日の夕食も大変おいしく、そんな気持ちなんてあっという間に
消えてしまった。
夕食後僕の泊まっている離れに戻り、シュウさんは日本酒を、
僕はお茶を飲みながら話をした。
シュウさんの本職が、会社の社長さんである事も話してくれた。
それも、僕でさえ名前を知っている、傘下に20以上も企業を抱えた
大会社だった。
一瞬呆気にとられた後、そんな大会社の社長が半年も仕事を休んで
いいのか、と驚いて聞くと、シュウさんは苦笑しながら答えた。
元々親の会社らしいが、自分より弟の方が大規模な会社の経営に
向いていたし、人と接する仕事が好きだったシュウさんは、
最初から宿を経営したいと思っていたらしい。
その事は家族全員が理解してくれ、応援してくれているのだと言う。
とても温かくていい家族なんだろうな、と笑顔で話すシュウさんから
感じた。
「でも弟は根っからの仕事人間で、実務は好きですが接待が
嫌いなのですよ。
当然社長にそういう仕事は付き物ですからね。
私も甘えてばかりはいられませんから、社長という名目と、
半年間だけ仕事を手伝う事を引き受けたんです。」
弟さんは喜んで社長代理として仕事をこなし、
シュウさんがいない残り半年は会長であるお父さんが
接待を引き受けてるそうだ。
普段の細かい仕事は、シュウさんが信用する側近の人数名が
分担してくれているらしい。
「ですが、社長が半年も仕事を休んで田舎の宿をやっているなんて
言えませんからね。
私がここにいるのを知っているのは、家族と側近、
それから私達家族のごく近しい友人達だけなんですよ。
だから表向き私は半年間海外で仕事をしている事に
なっているんです。」
悪戯っ子のように笑う。
「……だけど、もし仕事関係の方が偶然宿に来られたら
バレちゃうんじゃないですか?」
会社がそれだけ大きいのだから、
当然シュウさんの顔を知っている人がそれだけ多い事になる。
って事は、それだけバレる可能性も高いという事だ。
「実は私も最初にその点をすごく悩んだのですよ。
で、まずは宿の宣伝をしない事にしたんです。
どちらにしろ一度に1組のお客様しか受け入れない事は
決めていましたから、実際その方が好都合でしたし。
それに私の写真を撮られない事。
それは社長業でも宿のほうでも徹底して気をつけました。
万が一後から写真を見て気付かれたら困るので。
それと……」
一瞬間を空けた後、
「社長業の時は変装してるんですよ。」
と言ってシュウさんはニヤッと笑った。
変装?
これがマンガだったら、僕の頭の上にハテナマークが3つ程
浮かんでいるだろう。
「あの、変装って、帽子を目深に被ってサングラスかけて
髭付けてっていう、あれですか?」
シュウさんは一瞬ぽかんと僕の顔を見た後、吹き出した。
……だって、それしか思い浮かばなかったんだもん。
「そんなに笑わなくたっていいじゃないですか!
……確かに発想は貧困かもしれないけど……」
僕がモゴモゴ言っていると、笑いながら僕をひょいと持ち上げ、
胡坐をかいた自分の膝の上に乗せる。
そうして後ろから優しく抱きしめられてしまうと、
僕は何も言い出せなくなってしまった。
でも、まだ僕の耳元でクスクス笑う声が聞こえる。
「……もう!」
すぐに赤くなってしまう自分が癪で、僕はそう呟いた。
すると僕の顔をシュウさんに向けさせて、
「すいません、ユヅキさんがあまりに可愛いものだから。」
と笑いながら軽く僕の唇に口付けを落す。
「変装と言っても、残念ながらユヅキさんが想像する様な
ものじゃないですよ。
それじゃあ仕事が出来ないですからね。
ですからカラーコンタクトを付けて眼鏡をかけ、
カツラを被る位かな?」
……カラコン&眼鏡&カツラかぁ。
僕は顔だけシュウさんの方に向ける。
そう言えば今のシュウさんの瞳は真っ黒だし、
後ろで束ねた背中まで届く髪も真っ黒だ。
確かに変装すれば印象は変わるのかもしれないけど……
「実際何組かここに仕事先の方が来られた事がありますが、
一度もバレた事がないんですよ。」
……じゃあ何で小野さんが知ってるんだろう?
そう聞く僕に
「小野さんは父の古い友人なんですよ。
なので私の事も小さい頃から知っているし、
私が宿の場所選びで迷っている時に、
この土地を紹介してくれたのも実は小野さんなんです。」
と教えてくれた。
そっかぁ〜。それならシュウさんの本職を知っていて当然だよな〜。
何だかちょっとホッとして、
まさか昔二人の間に何か特別な関係があったのだろうか、
とか一瞬よぎってしまった自分が恥ずかしくなり、一人で
照れ笑いをした。
「小野さんにはそんな事でお世話になったんですよ。
……ユヅキさん、もしかしてやきもちとか妬いてくれました?」
ドキッ!
「え?!……あの、いえ……えっと……」
見透かされたようで一瞬心臓が跳ね上がってしまった僕は、
真っ赤になってすっかりしどろもどろになってしまった。
「心配するような事は何もありませんよ。」
と言いつつシュウさんは僕を押し倒す。
「……貴方だけです。ね、ユヅキ?」
僕に覆い被さりながらそう言って、少し意地悪く微笑む。
普段は『さん』付けなのに、昨日の情事の最中は呼び捨てだった。
急にその場面が目の前に蘇り、ズクン、と下半身に血が
集まってしまう。
「……一緒にお風呂に入った時からずっと我慢してたんですよ。
……早くユヅキの中に入りたいって……」
耳元で囁かれるその言葉に僕の体は甘く痺れ、重なり合う唇と、
浴衣の裾から忍び入ってくる暖かな手の感触に、身を委ねる……