日中はデッサンを描きに外出し、宿に戻ってから下絵を描いたり
色付けをしたりして、夕食以降はシュウさんと甘い時間を過ごす。
そんな充実した日々を僕は過ごした。
知れば知る程どんどんシュウさんを好きになり、
幸せで堪らない僕の心は当然そのまま絵に表れる。
ここに来る前に悩んでいた事は何だったのだろう、と思う位、
夢中になって絵を描き続けた。
……でも、その反面不安だらけなのも事実。
数日後にはここを発たなければならないのに、
その話にはお互い一切触れていなかった。
その上シュウさんは時々僕を見ながら真剣な顔で考え事をしている。
僕が家に帰ったら、一体二人の関係はどうなるのだろう。
常に予約で満杯の宿の主であり、大会社の社長でもある
シュウさんと、家族もない貧乏大学生の僕。
どこをどうとっても釣り合う筈が無い事は、自分が一番
良くわかってる。
でも僕はもちろんシュウさんと別れたくない。
でも、シュウさんはどう思ってるのかな?
これからも付き合いたいと思ってくれるだろうか。
それとも今だけ……?
明日が出発日だという日の朝、
いつも通り出かけようとする僕をシュウさんが引き止めた。
「今日はご一緒してもよろしいですか?」
二人分のお弁当箱をちらつかせながら聞いてくるので、
もちろんです!と僕は笑いながら答え、一緒に散策に出発した。
何か意思を持って歩くシュウさんの後に黙って続き、
いつの間にか電車の駅近くまで来ていた。
今出発したばかりの電車が、どんどん視界から遠ざかっていく。
「ユヅキさん、ここで私を描いて頂けませんか?」
そう言ってシュウさんが立ち止まったのは、僕達が初めて出会った
線路の上。
思いがけない申し出にすごくびっくりした。
何故なら僕も今日はここで絵を描きたいと思っていたから。
ここから全てが始まった。
移り変わっていく自然の姿を発見できた事、そして、シュウさんとの
出会い……
『自分の為に絵を描く』という小野さんからの課題を振り返った時、
今一番僕が自分の為に描きたいのはシュウさんだった。
自分なりに満足のいく風景画が既に何枚か出来上がっていたが、
事ある毎に書き留めているシュウさんの絵の中に、
納得いけるものが一枚もなかった。
シュウさんが申し出てくれたこのチャンスを、最大限活用させて
もらおう。
「よろしくお願いします。普段通り動いてくださいね?」
そう言って、スケッチブックを取り出し線路脇に座り込む。
何だか照れますね、と笑いながらシュウさんは線路の上を
歩き始める。
今日は夏らしく本麻の作務衣を着ており、相変わらずカッコ良かった。
空を見上げたり、その場にしゃがみ込んだり、色々な仕草を
見せてくれる。
そんなシュウさんの姿を、僕は何枚も何枚も夢中で描き続けた。