もうすぐ次の電車が来る時刻になり、シュウさんのおかげで思う存分
デッサンを描かせてもらった僕は、スケッチブックを閉じて立ち上がった。
そしてシュウさんのすぐ側まで行き、

「あの……髪をおろしていただいてもいいでしょうか?」

と、勇気を出してお願いしてみた。
絵を描く為ではなく、明日帰らなければならない現実を目の前にして、
やはりシュウさんの全ての姿を目に焼き付けておきたい、
と思ったから……

シュウさんが僕の前で髪を解くのは、お風呂で髪を洗う時と、
情事の後に乱れた髪を結い直す時だけ。
どちらの時も僕の方が恥ずかしくて目を逸らしてしまうので、
一度もまともに見た事が無かった。
シュウさんはちょっと驚いたように僕の目を覗き込んだが、
すぐに微笑んで髪を解いてくれた。


瞬間フワっと風が吹いて、顔にかかった髪を片手で掻き揚げながら
笑った。
その姿を見上げて、僕は目が離せなくなってしまう。
長い髪は決してシュウさんを女性っぽく見せる事はなく、
精悍で男らしい見た目に、温和で優しく、
柔軟なシュウさんの心を垣間見せる役割を果たしていた。


この人が、生まれて初めて人物像を描きたいと思った人。
この人が、生まれて初めて心から好きになった人。
この人が、生まれて初めて心も体も委ねた人……


そう思った瞬間思わず涙が溢れてきた。
この人が好きだ、という気持ちが涙と一緒に溢れ出てくる。
いきなりの事に自分自身戸惑いながら、
僕はそのまま下を向き、両腕で涙をゴシゴシ拭いながら泣きじゃくる。

「……うっ、うう…えっえっ……」

止めようと思うのに止められない。

……どうしよう、こんなに好きになっちゃって……

その時ふわっと良い香りがし、それがシュウさんの髪の匂いである
事に気付いた。
シュウさんが僕を抱きしめ、背中を優しく撫でてくれていたのだ。

……そんなに優しくされたら余計涙が出ちゃうじゃないか……

男なのに人前でこんな風に泣いてしまうなんて、情けないと
自分でも思う。
でも、恥も外聞もどうでもいい。
ただこの人の側にいたい……
僕はシュウさんにしがみ付いて、子供のように声をあげて泣いた。

シュウさんは僕を宥める様に、
大丈夫、言わなくても貴方の気持ちはわかっていますよ、
と僕の耳元で繰り返し言いながら、
その胸の中で僕の気が済むまで泣かせてくれた。


先程駅に着いた電車は、誰を降ろす事も乗せる事もなく、
少しの間停車してからまた出発して行った。
線路脇で抱き合っていた僕達に、まるで見て見ぬ振りを
するかのように……