僕にとって正真正銘ファーストキス。
唇を合わせたままの、少し長めのキスだった。
でも、それだけで僕の身体には心地良い痺れが走る。
一旦唇を離したシュウさんは、僕の頭にも額にも、閉じた瞼にも、
羽根の様な軽いキスを落していく。
キスって、それだけで幸せになれるものなんだと、心の底から思った。

「……部屋まで送ります……」

僕の顔中に唇を落したシュウさんは、名残惜しそうにしながらも
そう言って僕の手を取る。
僕はうん、と頷いた後、掴んでくれた暖かい手を強く握り返し、
僕達は手を繋ぎながら無言で宿に戻った。


僕が泊まらせてもらう離れの入り口まで来た時

「それではお休みなさい。ゆっくり寝て旅の疲れを取ってくださいね。」

とシュウさんが言って、そのまま本館の方に帰って行こうとする。

……僕だってまがりなりにも男だから、
さっきのキスの続きがどうなるのか位知ってる。
もしかして、やっぱり男の僕とあれ以上はしたくなかったのだろうか。

不安になって、思わずシュウさんの作務衣の背中を掴んでしまった。
驚いたらしいシュウさんは、眼を丸くして振り向く。
僕は溢れそうになっている涙を見せないよう顔を背けた後、
小さい声で、行かないで、と言った。

図々しいと嫌われるかもしれない。
でも、このまま置いて行かないで欲しかった。
さっきの気持ちは嘘じゃないと、もう一度確認しないと不安で胸が
潰れそうだ。
だから、何もしなくていいから、後少しだけでも側にいて欲しい……

……次の瞬間、本当に貴方って人は、とちょっと怒った様に言った後、
僕をかき抱き、さっきとは比べ物にならない程の激しいキスを
してきた。

シュウさんの舌が僕の上唇をなぞり、ちょっと強引に舌を
割り込ませてくる。
歯列をなぞり、ゆっくりとその隙間に忍び込んでくる舌を、僕は必死で
受け止めた。

「……んっ!」

思わず声が漏れてしまう。
当然こんなキスは初めてでどうしたらいいのかわからず、
シュウさんの襟首を掴んで縋り付く様にしながら、
ただ情熱的に求めてくる舌に夢中で答える事しか出来ない。
でも、僕がシュウさんを求めている事をわかって欲しかった。
飲み込み切れない唾液が僕の口端から漏れた時、
それを舌で舐め取りながらシュウさんの唇が離れていく。
足がガクガク震えて力が入らず、思わずしゃがみ込みそうになった
僕をシュウさんが抱きかかえてくれた。

「……私が何故部屋に戻ろうとしたか、どれだけ自分を抑えようと
 努力したか、わかりますか?」

低く掠れた声でシュウさんが言った。

「……最初にキスをした時、ユヅキさんは初めてだろうと思いました。
 そうですよね?」

……キスが下手だったからバレちゃったのかな?
僕はその質問に頷きながら、真っ赤になって下を向いてしまった。
それを見たシュウさんは、僕の顔を両手で挟んで顔を上げさせた後

「誤解しないでくださいね?それが嫌な訳では全くありませんし、
 逆に嬉しいです。ですが……」

と一度言い淀み

「……ユヅキさん、男同士が結ばれる時、どうするのか
 わかっていますか?」

と、すごく真剣な眼差しで聞いてきた。
以前に男同士のそういう写真を見せられてからかわれた事が
あったので、一応わかっているつもりだ。

「理解している……と思いますけど……」

恥ずかしくて眼を逸らそうとしたが、シュウさんの視線が
それを許さない。

「それでは、それも全部わかった上で、
 私を受け入れてくださると言うのですね?」

……その燃えるような瞳に、シュウさんの欲望がはっきりと
映っている。
その眼を見た瞬間、自分の欲望にも火が点くのを感じた。
僕はシュウさんの目をしっかりと見詰めたまま、コクン、と頷いた。
すると少しホッとした様にチュッと僕の前髪にキスを落して

「私が必死に逃げ道を作る度に、
 ユヅキさんはご自分で全ての道を閉ざしたのですよ?
 これから先はユヅキさんが何を言おうと、逃がしませんからね?」

と、悪戯っ子の様に笑った。