その後夕食を食べ終わった僕達は、離れている間にあった色々な
出来事を笑って話しながら一緒に後片付けを終え、
手を繋いで離れに戻った。

部屋に入った途端時間を確かめたシュウさんは、
ちょっと待っててください、と言ってお風呂場に行った後
また戻ってきて手早く布団を引き終え、見せたいものがあるから
と僕の手を引いてお風呂場に連れて行く。

そしてすっかり呆気に取られてしまっている僕を他所に
僕の服に手をかけて脱がそうとする。
慌ててその手を抑え、おずおずと自分で脱ぎだすと
それを安心したように見たシュウさんも自分の服を脱ぐ。
何だかあれよあれよという間にさっと体を洗わせられ
気付いたら露天風呂まで引っ張ってこられていた。

先に湯船に浸かったシュウさんは、もじもじする僕の手を引いて
一緒に浸からせ、自分の足の間に僕の体を引き寄せると、
後ろから僕を抱きしめるようにして座らせる。
そして少し離れた所に置いてあったリモコンのようなものに
手を伸ばし、部屋の電気もお風呂場の電気も、全ての明かりを
消してしまった。


唯一の明かりである満月の光の下
背中に感じる肌の感触に最初はドキドキしていた心臓も
そのまま動かないシュウさんのおかげで少し収まり、僕はふと
思い出す。

……そう言えば前はここにお湯を引いてなくて、
本館の方でお風呂に入ったんだっけ。
だからこの離れのお風呂に入るのは初めてなんだよな……

そう思って周りを見てみる。すると目が慣れてきたのか、
先程まで真っ暗だと思っていた中に朧げな白いものが
いくつか見えた。

あれは何だろう?
その時、シュウさんが僕の耳元で囁いた。

「そろそろだと思いますよ……」

一瞬ドキッとしながらも、一体何が始まるんだろう、と小首を傾げる。

「……あの、何が……」

「し〜っ!……何か聞こえませんか?」

その声に釣られてそっと耳を澄ますと
湯船に常に流れ込んでくるお湯の音とは別に
何かが擦り合っている様な音が微かに聞こえる。
音のする方に目を向けると、先程見えた白いもののようだった。

そのままじっと目を凝らして見ていると
少しずつその白いものが揺れているように見える。

あれは何だろう……?

のぼせないようにシュウさんが僕を湯船の縁に座らせてくれるが、
僕はその白いものが気になってしまい、お礼もそこそこに
又それに見入る。
しばらくそうやって見ているうちにカサッと音がして、
その白いものが大きく揺れた。


僕は目を見開いた。

甘い芳香と共に揺れたそれは……月下美人。

全部で10株ほどあるだろうか。
その花が次々と揺れながら咲いていた。
育てるのが大変な上に、簡単には実を結ばないと聞いた事がある。
しかも咲く時間が夜間で短命な為、見る機会が少ないという事も……


「……6年前、ユヅキさんが帰られてすぐに育て始めたんですよ。」

少し冷えてきた僕の体を、先程と同じ体勢でお湯に浸からせて
くれながら、シュウさんは静かに話し出した。

「女々しいですが、ある意味私にとっての願掛けのようなもので。」

後ろから僕の体を包み込み、冷たくなっていた僕の指先を
優しく揉んでくれる。

「……願掛け、ですか?」

僕が問いかけると、そう、と苦笑しながら僕の耳元で言った。


「この花は育てるのが結構大変ですが、でもその分愛情も
 湧きますし、何よりこうやってなかなか実を結ばない花が
 咲いてくれた時の嬉しさは格別なんです。」

と嬉しそうに笑う。

「初めて貴方を抱いた時、何故かこの月下美人を思い出したんです。
 夜に体を震わせるように咲く、真っ白な大輪の花。
 昼間は控えめですが、夜は私の腕の中で花開く。
 これからも大事に大事に育てて、
 そして私の腕の中で咲かせたい、と思ったんです。」

シュウさんの手はいつの間にか僕の指先から少しずつ移動し、
今は二の腕を揉んでいる。
僕は黙って身を委ねたまま、その感触と言葉に酔う。

「貴方が帰られてから、何度別れた事を後悔したかわかりません。
 でもその度にこの花を見て、今は大事に育てる時間が必要だから、
 と自分に言い聞かせてきました。
 だから、1年に1度、
 貴方が初めてここを訪れたのと同じ時期しか咲かないこの花に、
 いつか貴方が私の所に戻ってくるようにと願を掛けたんです。
 そして貴方はこうやって帰ってきてくれました……」


胸が震えた。

……こんなにも僕を大切に思っていてくれてたんだ……

僕の目から零れた涙がお湯に落ち、ぽちゃんぽちゃんと音を立てる。
そんな僕を後ろからしっかりと抱きしめ、もう一度僕の耳元で、

帰ってきてくれて本当にありがとう、と囁いた……



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