夕飯の支度をする為本館に戻るシュウさんに、
僕も手伝う、と無理やり付いて行った。
シュウさんは笑いながら、それでは食器を出していただけますか、と
言ってくれ、僕は嬉々としてシュウさんの周りを行ったり来たりして
お手伝いをした。
一緒に作った(?)夕食を食べながら僕達は色んな話をする。
「そう言えば、さっきの小野さんの事ですけど……」
僕達の事を知らないはずの小野さんが、
今日僕がここに来る事をシュウさんに話した訳。
僕は小野さんに日帰りで出掛けると言って来た。
シュウさんが以前と同様に生活しているなら、
今は社長業の時期だから宿は休みのはずだ。
だからシュウさんには会えないかもしれないと覚悟もしてきた。
それならそれで、今日はここの空気に触れられるだけでもいいと
思ってたんだ。
シュウさんは僕のそんな疑問に
「ユヅキさんが家に帰られてから1ヵ月後位でしょうか。
小野さんから電話があったんです。
ユヅキ君の様子がずっとおかしいけど、ここで何かあったのかって。
そのせいでもしユヅキ君が苦しんで不幸になるとしたら、
私を絶対許さないって。」
と苦笑しながら答えた。
小野さん、そんな事言ったんだ……
「正直に話していいものかどうか迷ったんですが、
私の思いをわかっていてもらった方がいいと思って。
ユヅキさんが私の所に戻ってきてくれるかどうかはわかりません
でしたが、ユヅキさんの親代わりである小野さんには、
私が遊びではないとわかって欲しかったんです。
だから申し訳ないですが、勝手に話させて貰ったんですよ。」
そう言って僕を申し訳なさそうに見る。
でも別に嫌な気持ちはしなかった。
小野さんは全くそういう素振りをしてなかったから、
僕達の事を知っていたというのには少しびっくりしたけど。
「小野さんはユヅキさんの態度から、大体想像はついていた
みたいです。
でも、私の気持ちがわからなかったので、それを確認したかった
みたいですね。
小野さんはきちんと理解をしてくれましたが、その代わりに
条件をだされまして。」
「……条件、ですか?」
「そう。ユヅキさんから動き出すまで、私の方からは一切行動を
起こさない事。
もしユヅキさんが他の誰かを選んだとしても、黙ってそれを
受け入れる事。
その2点です。
ユヅキさんとの別れを決意した時から、
それは私自身決めていた事なのでもちろん了承しました。
そうしたら小野さんが言ったんですよ。
それを守れて、本当にユヅキさんが私を選んでくださったら、
その時は心から祝福しよう、って。」
そう言ってシュウさんは片目を瞑って見せた。
「社長でいる半年は、会社に顔を出す度に
ユヅキさんの家の側まで行ったりしました。
宿をやっている間は小野さんが時々電話をくれて、
様子を教えてくれたんですよ。
我ながらストーカーみたいですよね。」
とシュウさんがクスッと笑う。
僕は唖然としてしまった。
ここに来る事を悩んでいた僕の背中を押してくれたのは
小野さんだった。
でもそれはあくまで自分の原点に戻れという意味だと
思っていたのに。
僕のそんな様子を見ながら、シュウさんは微笑んだ。
「遅くなりましたが、初の個展開催、おめでとうございます。
色々な事があったでしょうが、ユヅキさんは本当によく頑張ったと
思いますよ。
貴方の絵を買われた方に知り合いがいましてね。
見せてもらったんですよ。
絵もあの頃より更に深みが増して、一目で貴方の成長を
感じさせられました。
その知り合いは、もちろん私と貴方の事は知らないのですが、
最近良い絵を描く若者を見つけたんだって、すごく自慢そう
でしたね。」
何だかちょっと恥ずかしくて、
ありがとうございます、と小さい声で赤くなりながら答えた。
「個展が開催されると耳にした時、何が何でも行こうと思いました。
でも小野さんとの約束もありましたから、
どうすればいいのか悩んでいたんです。
そうしたら1週間前に貴方がここへ来ると電話をもらいまして。」
……そうか。
それでシュウさんは僕がここに来る事を知ったんだ。
僕の知らない間に二人で連絡を取り合っていた事は
ちょっとだけ面白くなかったけど、
でもそのおかげで今こうやってシュウさんと一緒にいる事が出来る。
小野さんも本当に僕の事を考えてくれてるんだって改めてわかって、
本当に感謝した。
僕はとても温かい人達に包まれて、本当に本当に幸せだ。