6年前の思い出に浸っていた僕は、すっかりぬるくなってしまった
コーラにふと気付き、缶を捨てる為に駅に戻ろうと立ち上がった。


「何もないこんな田舎に、ようこそおいで下さいました。」

後ろから声をかけられる。
6年前と全く同じ言葉。
そして6年前より少し低くなったように感じる声。

ガシャンと音を立てて、僕の持っていたコーラの缶が
地面に転がった。
僕はゆっくりゆっくり振り向く。
そこには6年間、一瞬たりとも忘れた事のない人物が
少し離れた所に立っていた。

僕の目に焼き付いている姿より幾分髪が長くなり、
紐で結わえずに下ろしていて風が靡くに任せている。
目尻に若干皺が見えるものの、間違いなく僕が求めて
やまなかった人だ。

「お帰りなさい、ユヅキさん。」

そう微笑みながら言って、僕に向かって両腕を広げた。

……気付いた時には、僕はシュウさんに向かって思い切り
駆け出していた。
先程落したコーラのせいでズボンの裾が汚れている事も、
自分が大声を上げて泣いている事も、何もかもどうでも良かった。

体当たりするようにその胸の中に飛び込むと、ギュッと僕を
抱きとめてくれる。
シュウさん、シュウさん、と声をあげて泣く僕の髪を優しく撫で続け、
ずっと待っていましたよ、と耳元で囁いた……


その後宿に向かう最中、

「何故僕が来るってわかったんですか?」

とシュウさんに尋ねた。
今回ここに来る事はシュウさんに話していない。
なのに何故?
するとシュウさんはクスッと笑い、

「ユヅキさんの側に、マネージャー兼父親代わりの
 おせっかいなオジサンがいませんか?」

と言う。
そっか。小野さんだ。
6年前家に帰った僕は、小野さんにここでの色んな話をした。
でも……

「でも僕、シュウさんとの事小野さんに言ってませんよ?」

と訝しげに言う僕に、そのお話は後程、と悪戯っ子のように微笑んだ。


宿は6年前と全く変わっていなかった。
そしてやはり以前と同じ離れを、シュウさんは僕の為に
用意してくれていた。
やはり今回も僕以外のお客さんはいないらしい。
早速コーラで汚れたズボンを変え、入れてもらった麦茶を飲みながら
庭の水撒きをしているシュウさんを眺める。
以前からもちろんカッコ良かったのだけど、
今はそれに落ち着いた渋さみたいなのも加わって、やっぱり
見惚れてしまう。
こんな人が本当に僕の帰りを待っててくれたなんて……

正直シュウさんに新しい恋人が出来ていたら、と
考えなかったわけじゃない。
実際その事ばかり考えてしまって、絵を描けなくなってしまった時も
あった。
でも、そんな事に囚われるより、まずは自分がシュウさんに
相応しい人間になれるよう努力するのが先だと、
自分自身を叱咤激励しながら頑張ってきた。
シュウさんは待っていると言ってくれていたけど、やっぱり不安は
消えなかった。
だから個展を開く事が決まった時、真っ先にシュウさんの所に戻って、
シュウさんの気持ちが変わっていないかどうかを
確かめずにはいられなかったんだ。


「そんなに見られたら穴が開いちゃいますよ。」

苦笑しながらシュウさんが庭から声をかけてくる。

うわっ!バレちゃってたんだ!

恥ずかしくて真っ赤になりながら下を向くと、シュウさんはホースの
水を止め、部屋に入ってきて僕の隣に座った。

チラチラ覗き見ると、おろした髪の所々に水滴がついて
光に反射していた。

すごく綺麗……

またしても見惚れてしまいそうになる自分を慌てて止め、
ごまかすように更に下を向く。
シュウさんはテーブルの上にあった自分用の麦茶を一口飲んだ後、
右手の人差し指で僕の顎をあげさせた。
視線が逸らせず、心臓が早鐘を打ち始める。

「……キス……しても良いですか?」

僕がうん、と頷こうとした瞬間に、もう唇は奪われていた。


啄ばむ様なキスが何度か続き、そっと舌先が忍び込んでくる。
僕もそれに答えるように舌先を触れ合わせ、キスが深くなると
思った瞬間、シュウさんがいきなり唇を離した。
あれ?とちょっと気が抜けたようにシュウさんを見詰めると、
これ以上したら止まらなくなっちゃいますから、と苦笑した。