向かい合わせに座っていたシュウさんに、
テーブルの上に置いてあった手をいきなり掴まれ引っ張られた。
半分立ち上がるかのような格好になり、痛い、と言おうとした瞬間、
乱暴に口付けられる。
こんなに激しいキスは初めてだった。
貪られる様なキスをされた事もあったけど、いつもどこか
優しかったのに、今は息をする間も与えてもらえない。
「……んんっ!」
苦しさのあまり体を引いて逃げようとする僕の後ろ頭を手で抑え、
強引に唇を割って舌を捻じ込んでくる。
逃げ場のなくなった僕の舌を吸い上げ、どんどん僕を追い詰める。
いつも余裕があって、包み込むように優しいシュウさんが、
こんな一面を持っていたなんて。
そう僕が思った時、突然唇が離される。
はぁはぁと肩で息をする僕の顔を両手で挟み、燃えるような目で
僕を見ていた。
「嫌いになったなんて誰が言ったんですか!
求めても求めても足りないのに!
ここにいる間だけの関係?
そんなもの、貴方が許しても私は許さない!
本当はこのままここに閉じ込めて、どこにも行かせたくなんか
ない!」
そう言って一瞬僕から苦しげに目を逸らした後、
ふぅと小さく息をつき、また僕にそっと視線を戻した。
「……でも、そんな私の我侭で貴方の進む道を狭めてしまうような
事だけはしてはいけないと思うから。
貴方が自分の進む道を模索する中で、男女問わず色んな出会いも
あるでしょう。
今は私を好きだと思ってくださっているかもしれませんが、
もしかしたら他の人を好きになるかもしれない。
そんな時に私の存在が足枷になるのは、私が嫌なんです。」
……僕はただ呆然とシュウさんを見ていた。
そしてその苦しげな瞳を見ながら思った。
僕が不安になっていたより何倍も、
シュウさんは悩んで苦しんでいたのかもしれない。
別れるという選択も、全て僕の為にしてくれたシュウさんなりの優しさ
なのだろう。
……そのシュウさんの思いに答える為には、
僕はまず自分の道を探さなければならない。
別れたくないと駄々を捏ねるのではなく、
まずはシュウさんと対等な自分になれるよう努力をしよう。
「……わかりました。
何年かかるかわからないけど、僕、絶対一人前になってみせます!
そしてシュウさんに認めてもらえるよう頑張ります!
だから……」
更に言葉を続けようとする僕の唇に人差し指をあて、しー、と言って
止める。
「線路の所で突然泣いた理由は、貴方の顔を見ていたら何となく
わかりました。
それを感じた時、どこにも行かせたくない、と思う反面、
こんなに愛しくて大事な存在だからこそ、
今手を離すべきなのだと思ったんです。」
先程の苦しげな表情が嘘のように、優しい微笑みに変わった。
「……だから、今は別れましょう。
でも、いつでも私はここで貴方を待っていますよ。」
どこまでも優しいその言葉と微笑みに、僕は又涙が溢れる。
あぁ、また泣かせてしまいましたね、とシュウさんは苦笑し、
「愛していますよ、ユヅキ……」
と言って今度はそっと口付けた……
翌日の昼の電車で僕は帰路についた。
やはり駅で泣いてしまった僕の髪を撫で、貴方の幸せを祈っています、と
僕の大好きな顔で微笑んだ。
僕は何も言い返す事が出来ず、電車の扉が閉まる直前にシュウさんの
襟元を掴んで顔を下げさせ、震える唇でシュウさんの唇に一瞬触れた。
そして手に持っていたスケッチブックを押し付ける。
それには僕がここで描いたシュウさんの絵全てが入っている。
持って帰っても、きっとそれを開く勇気は僕にはないだろうし、
シュウさんと出会ったこの地に、僕がいた証拠を何か残して
おきたかった。
プシューッと音がして扉が閉まる。
スケッチブックを胸に抱えたまま、扉の外から呆然と僕を見詰め返す
シュウさんに、僕は泣きながら精一杯微笑んで手を振った。
こんなに好きにならせてくれてありがとう、と心の中で呟きながら……