翌日、散々喘がされてすっかり体力を使い果たした僕は、
なかなか起き上がる事が出来ずに布団の中でダラダラしていた。

その間にシュウさんは相変わらずの作務衣姿でテキパキと行動し
宿を閉める準備を終えてしまっていた。
本当は今日一日位ゆっくりしたいのだけど、僕は今日の夕方に
個展の打ち合わせがあるし、シュウさんは元々今は社長業の
時なので、二人とも東京に帰らなければならない。

シュウさんが宿を離れる半年間は、管理をしてくれる専門の人が
来ているらしく、此処の心配はない、という話だった。


「ユヅキさん、そろそろ準備しないと電車に間に合いませんよ?」

と言うシュウさんの言葉に飛び起きようとして、
不意に走った腰の痛みに呻きながら布団に倒れ込んでしまった。
枕元に座っていたシュウさんは、そんな僕の動きにクスッと笑って

「……昨日は無理をさせちゃいましたからね。」

と僕の頬に軽くキスを落した後、ゆっくり僕を起き上がらせてくれる。
真っ赤になってしまった僕の頭をポンポンと優しく撫で、

「私も準備をしてきますので、
 ユヅキさんもすぐ出れるように用意してくださいね。」

と言って出て行ってしまった。


痛む腰に鞭打って着替えを終え、忘れ物はないな、と確認を
していた時、コンコンと戸を叩く音が聞こえた。
シュウさんも丁度準備が終わったんだ、と勢い良く引き戸を開けると
そこには見知らぬ人物が立っていた。


背が高く、しっかり整えられた短い茶色の髪と茶色の目。
神経質そうな銀縁眼鏡をかけていて、高そうな半袖の黒い
サマーセーターにベージュの麻のパンツを穿いている。

……シュウさんが言っていた、宿の管理をしてくれる人なのかな?

シュウさんの知り合いならば取り合えず挨拶をしなければ。

「あ、あの、僕、木下柚月と言います。
 シュ…あの、葛城さんにここに泊めていただいて……」

僕がしどろもどろに説明していると、いきなりその人に
抱きしめられた。
一瞬何が起こったかわからなかったものの、僕は慌てて両腕を
突っ張ってその腕の中から逃れようとした。

「な、何するんですか!」

ジタバタと暴れる僕を、更に力を込めて抱きしめてくる。
……シュウさん以外の人にこんな事されるなんて絶対嫌だっ!

「やめて下さいっ!僕には好きな人がいるんですからっ!」



精一杯もがいているのに、全然ビクともしてくれない。
すると耳元で、好きな人って誰?、と聞かれた。


その声にピクンとなって、思わず体が抵抗する事をやめてしまう。

……シュウさんと同じ声……

僕はもう一度その顔を見上げた。
僕が誰よりも大好きな声で、唯一僕を心底蕩かす声。
見た目は全然違うのに、なんで……?


凍りついたように見詰める僕に、その人は僕を抱きしめていた腕を
解き、眼鏡を外して見せる。

「私ですよ、ユヅキ……」

カッと耳に血が上る。
僕を呼び捨てで呼ぶのは、情事の最中のシュウさんだけ……

「まだわかりませんか?」

そう言って自分の生え際に手をかけると、おもむろにそこを
引っ張った。
ばさっと音がして、真っ黒な長い髪が現れる。


開いた口が塞がらないとは、まさにこの事なんだろう。
目を見開き、口をあんぐりあける僕の目の前にいたのは……
茶色の目をしたシュウさん……

「な、な、な、なにっ?」

驚きの余りどもってしまう僕の頬に、チュッと音を立ててキスをする。

「社長の時は変装するって言った事、忘れちゃいましたか?」

そう言ってニヤッと笑う。
この笑い方は確かにシュウさんだ……