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腕3

ゆっくりと頭を上げ、優しく見守ってくださっている瞳にドキドキしながら懐に手を差し入れ、光鬼様から頂いた手紙を取り出した。
カサッと音をさせてそれを開くと、冒頭に 『ここに書いてある通りに進めるんだよ』 と書かれてあったので、その言葉に従い、一度深呼吸してから次に書かれていた文章を読み上げる。

「『麒白様の為に心を込めて作ったんだよ』……?」

手紙から視線をずらしチラッと正面に視線を向けると、麒白様が驚いた様に目を丸くしていた。
確かに使い慣れない言葉遣いなので、少し変な感じがする。
けれど光鬼様は、ここに書いてある通り、と言われていたし……

手紙に視線を戻すと、続いて 『チョコレートの箱を開く』 と書かれてある。
麒白様ではなく私が開くのだろうか?
持っていた手紙を一度膝の上に置き、厚紙で作った箱の蓋を両手で持ち上げて開いた。
それを横に置き、再度手紙を手に取って次の言葉を読む。

「『食べたい?』」

すると麒白様がクッと笑いを漏らす。
やはり何かおかしいのだろうか……
けれど微かに声を震わせながらも 『……もちろん』 とすぐに答えてくださったので、少し安心した。

『白桜がチョコレートを一つ口に入れる』
……私が?麒白様に差し上げるのではなく?

今度は左手で手紙を持ったまま右手を箱に伸ばし、中に入っていたチョコレートの一つを人差し指と親指で摘んで口に入れてみた。
途端にふわっと優しい甘さが口中に広がっていく。
けれど……
とても甘くておいしいのだけど、麒白様は一瞬口をポカンと開けて私を見た後、そのまま吹き出して笑い始めてしまった。
確かに麒白様に差し上げる筈のチョコレートを私が口に入れてしまったのだから、何かがおかしいというのは私にもわかる。
この後は一体……とチョコレートを口に含んだままその先を読む。

『そのまま白桜が麒白にキスをすれば、ラブラブ
 バレンタインデー間違いなし。
 頑張ってね〜!』

そこで手紙は終わっていた。
力が抜けた私の手から、パサッと音を立てて手紙が畳の上に落ちていく。

このまま私が麒白様に……キス?
……。
……光鬼様ぁ〜……


すると相変わらず笑い続けている麒白様が落としてしまった手紙を拾い上げ、呆然としている私を余所にそれを読みながら更にクスクスと笑った。

「光鬼が白桜に何をさせるつもりなのか楽しみにしていたが、
 さすが雪殿の孫で獅紅に仕込まれているだけの事はある。
 ……さて、白桜。
 ここまで光鬼の言う通りにしたのだから、当然この後も
 指示に従って私にキスをしてくれるのだろう?」

麒白様はゆっくりと手紙を畳の上に戻しながら楽しそうに微笑まれている。
けれど以前 『お仕置き』 という意味を教えて頂いた時のように、何故か麒白様に不穏な空気が漂っているような気がして、私は右手でチョコレートが入ったままの口を押さえ、ふるふると首を横に振りながら僅かに後退りを始めた。
けれど麒白様はニッコリと微笑まれながら身を乗り出して私の腕を掴み、力強い腕の中にあっという間に私を引き入れて閉じ込めてしまう。
そのまま膝の上に抱きかかえられ、口を押さえている手の甲に軽くキスを受けてからその手を引き剥がされた。

「私の腕の中が一番安心するのだろう?
 最高の褒め言葉で光栄だよ。
 だったらそれに応えなければ鬼神の名が廃るからね。
 白桜が望むまま、いくらでも抱き締めてあげよう。」

麒白様は身を硬くしている私を強く抱き締め、それから少し低めの声で耳元に囁く。

「だがその前にチョコレートを食べさせてくれ……」

ドキンと心臓が跳ね上がり、途端に呼吸が苦しくなる。
腕を緩め、真っ直ぐに私を見つめたその熱い瞳にドキドキと痛いほど心臓が脈打ちながらも、やはり安心する腕の中でふわふわとまるで熱に浮かされたような気持ちになり、微かに震える手で麒白様の着物に両手で掴まる。
そして頬が赤く染まるのを感じながら勇気を出して首を伸ばし、光鬼様が手紙に書かれていた通り自分からキスをした。


するりと入り込んだ麒白様の舌が、口の中でトロトロに溶けてしまっていたチョコレートを何度も掬い上げていく。

「んん……」

すっかりそれを舐め取られてしまうと、一度唇を離した麒白様は 『おいしいね』 と囁きながら微笑み、腕の中にいる私を見つめながら箱に指を伸ばして、摘み上げたチョコレートをゆっくりと口に入れた。
おいしいと言っていただけたのが嬉しくて堪らない筈なのに、それにお礼を申し上げる余裕もなく、チョコレートを含んだ麒白様の唇から目を放す事が出来ない。
するとクスッと笑いを漏らしたその唇が近付いて来たのを見て、反射的に目を閉じるのと同時に今度は麒白様から口付けられた。
口腔の熱で柔らかくなったチョコレートが、唾液と交じり合いながら咽喉の奥に消えていく。

コクリと咽喉を鳴らして飲み込む甘さはすぐに足の爪先まで行き渡り、痺れるように私をとらえていた。
甘い甘いチョコレート。
けれどこんなに甘く感じるのは、チョコレートのせいだけではないのかもしれない。
何度もそれを繰り返し、最後の一つが無くなる頃にはすっかり頭が朦朧としていて、畳の上に押し倒され、着物を脱がされていく自分をどこか遠くに感じていた。

光鬼様が仰っていた 『楽しくて安心で幸せな』 に 『ドキドキ』 が加わる麒白様の腕の中で、与えられる快感に身を震わせながら、光鬼様がバレンタインデーという日の過ごし方を教えてくださった事に心から感謝をしていた。


……光鬼様の腕の中で流した私の涙はなんだったのかと、一瞬よぎってしまった自分を反省しつつ……


− 完 −

2006/02/18 by KAZUKI



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