心配してくださる光鬼様には 『申し訳ございません。緊張で体調が悪くなっただけですから』 と言い訳をし、『今は時間が無いけど後で来るから休んでてね』 と言ってくださった言葉にかろうじて頷いた。
そして私はいつの間にかまたあの場所にしゃがみ込んでいる。
なんだか頭の中が混乱していて、何が何だかわからない。
龍黒様は 『先程の私の言葉を振り返ってみるが良い』 と
仰っていたけれど……
まず、私がこの場所で感じた桜雲は、とても苦しくて切ない
思いで麒白様を見ていた筈。
お二人はどのように思いが通じ合ったのだろう?
そして 『愛』 とは何だろう……?
いつも通りにそっと目を閉じて白い石に触れてみる。
最近では慣れて来たからなのか、スッと桜雲の視点に
入れる様になっていた。
……これは何だろう?
何か音が鳴っているような気がする。
それも常にこの世界に響いている鼓の様な音ではなく、その音に
呼応するかのような、不思議な音色……
それと共に左手が誰かに持ち上げられていく。
私とは違い、痣などない桜雲の綺麗な手の甲に口付けたのは……麒白様……
ズキン……
……この胸の痛みは、桜雲の物ではない。
桜雲は今自分の思いが報われた幸福感と、胸が震える
ような思いで麒白様を見ている。
属性の違う麒白様と桜雲が何故触れ合って平気なのかは
わからないけれど。
だからこの胸の痛みは……私の、白桜の痛み……
何故こんなに心も体もバラバラになっていくような思いに捕らわれるのだろう?
そして何故こんなに苦しくて胸が痛むのだろう……?
ふと場面が変わり、突然優しくふくよかな香りに包まれた。
周りには薄紅色の桜吹雪が舞い散っている、まさにこの場所。
麒白様が目の前に立たれ、私が良く知っているあの眼でこちらを
見ている。
懐かしそうで、愛しそうで、切なそうで……
それからスッとこちらに手を伸ばされて桜の枝を優しく掴むと、
今にも弾けんばかりの桜の蕾にそっと口付けられた。
同時に麒白様のお姿はそのままに、その手に掴まれた枝が徐々に
形を変えていく。
そしてそれは、桜の花弁の形をした薄紅色の痣がある
私の左手に変わった……
「あっ……!」
慌てて石から手を離した。
そして思わず両手で頭を抱えた私の耳に、先程の龍黒様のお言葉が何度も繰り返し響く。
『桜雲の強い思いが桜の花弁から芽を出させ、そしていつこの
鬼界に戻ってくるのかわからない桜雲の生まれ変わりを、
麒白はただひたすら何年も待ち続けた。』
『お前が白桜という名の桜雲か。
……なるほど、さすがは生まれ変わりだけある。』
何故この場所に来ると懐かしい思いになったのか。
何故この場所にこんなに心が揺さ振られたのか。
何故麒白様がこの場所を訪れるとあの眼をされていたのか。
何故この場所が特別なのか。
何故一介の鬼である私を、麒白様がこんなに可愛がって
くださったのか……
やっとやっとわかった。
全ては私が桜雲の生まれ変わりだったからなのだ。
そして桜雲の中にいる内に桜雲の気持ちも痛いほど
わかった。
桜雲は心の底から麒白様を求め、麒白様の元に生まれ
変わりたいと、血を吐くような思いで望んでいた。
だから今の私があるのだ。
『それを聞いてしまったら私の中の何かが壊れる気がする。
それを聞いてしまったら私が私ではなくなってしまう気がする。』
私の不安はあたり過ぎるほどにあたっていた。
私は 『白桜』 としてではなく、『桜雲の生まれ変わり』 として
望まれていただけだったのだ……