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その後ふらふらと廊下を歩いていると、私を探してくださっていたらしい光鬼様に声をかけられた。

「探したよ〜、白桜!
 獅紅や麒白達はまだ打ち合わせ中なんだけど、どうしても
 心配だったからお茶を出してすぐに抜け出して来たんだ。」

肩で息をしながら微笑まれる光鬼様に、わざわざ申し訳ありません、と頭を下げると、光鬼様が私の顔を下から訝しそうに覗き込まれた。
そして腕組みをしながら少し考え込んだ後に、私の着物の袖を引いて近くの空き部屋に入り、そのまま後ろ手に襖を閉じる。
何が何だかわからないうちに部屋の隅に重ねて置いてあった座布団を2枚引っ張り出し、向かい合わせに置いてから片方にご自分が正座され、もう片方を手で指し示しながら私に座るよう促された。
取り合えず促されるまま向かいに正座で座ると、それを見て光鬼様が真剣な顔で頷かれる。

「ねぇ白桜。
 何があったのかはわからないし、僕が余計な口出しを
 するべきじゃない事も良くわかってる。
 だけど最近の白桜を見ていると、昔どつぼにはまってた
 自分を思い出すんだ。」

「……どつぼ……ですか?」

言葉の意味自体が良くわからなくて首を傾げる。
けれど光鬼様は私の質問を無視したまま真剣な顔で、うん、と頷かれた。

「僕はね、獅紅に会ったばかりの頃、ただ単にすごく怖い
 人だと思っていた。
 でも一緒に過ごしていくうちに、不器用だけど本当は
 すごく優しい人だって気が付いて。
 最初は本当にそれだけだったんだけど、だんだんその
 気持ちがおかしくなって来たんだ。
 獅紅に見られるとすごく落ち着かなくて、獅紅にそばに
 いられるとすごく緊張して、獅紅に触れられるとすごく
 ドキドキして。
 自分は一体どうしたんだろうってすごく悩んだんだよ。」

光鬼様は少し照れ臭そうにお話をされている。
……光鬼様が経験されたそのお気持ちは、最近の私が麒白様に対して抱いている思いとまったく同じ……

「その後獅紅に、え〜と、キスされそうになってされなくて、
 それで自分の気持ちに気が付いたんだ。」

「……キス、とは何ですか?」

何の事だかわからなくて首を傾げると、光鬼様は 『う〜んと、え〜と』 と顔を赤くて悩みながら、『唇と唇を合わせるの』 と仰った。
唇と唇……
左手の痣に口付けられた事もあるし、先程あの桜の場所で見えた情景では麒白様は桜雲の手に口付けられていた。
それと似たようなものなのだろうか。
痛む胸には気付かない振りをしながらもう一度お尋ねする。

「何故そんな事をするのですか?」

光鬼様は赤くなったまま少しうろたえ、それからもう一度悩まれた後 『好きだから』 と仰る。
好き……
私も麒白様を父のようにお慕いしているし、光鬼様や獅紅様や白雪様の事も好きだと思うから、好きという気持ちが理解出来ない訳ではないと思う。
けれど好きというだけで唇を合わせるなんて聞いた事がない。
そこまで考えて、私は更に首を傾げた。

「……では獅紅様が光鬼様にキスをしそうでしなかったという
 事は、好きではないという事ですか?
 でも獅紅様は光鬼様を伴侶に迎えられたのですから、それは
 おかしいですよね?」

「ん〜、あの時も獅紅はちゃんと僕の事を好きでいてくれたん
 だけど、当時は色々事情があったんだ。
 でも今はちゃんとキスしてるし……って、違うよっ!
 今は僕と獅紅の話じゃなくてっ……いや、僕と獅紅の話だ……」

何やら光鬼様が真っ赤になった後に頭をがっくりと落としてうなだれているけれど、申し訳ないことに私には何が何だかさっぱりわからなかった。

すると光鬼様がキッと顔を上げて私の方を見た。

「と、とにかく、僕のその気持ちの正体は、獅紅を好きだった
 って事なんだ。
 で、向こうの世界に帰らされたり他の人と付き合ったり僕を
 送る時を間違えたばあちゃんにまた鬼界に送ってもらったり
 その間にばあちゃんが獅紅に変な手紙を置いていったりとか
 色々あったんだけど、それでも僕が獅紅を好きっていうか、
 あ、あ、愛してるっていう気持ちは変わらなかったんだっ!」

光鬼様は一気にそこまで言うと、真っ赤になりながらはぁはぁと肩で息をされる。
けれど私はその勢いに飲まれたように呆然と光鬼様を眺めたまま、何も言葉を発する事が出来なかった。

愛……
愛というのが何なのか、やはりよくわからないけれど……

……結局、光鬼様が獅紅様をお好きだというお話なのだろうか?