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「獅紅が面倒臭がるからなかなか来れないけど、こうやって
 たまにここに連れて来て貰うと、何だか旅行気分で楽しく
 なるんだよね。
 だから今回は麒白に呼んでもらえてすごく嬉しかったんだ。」

笑いながら長く続く廊下を歩き、中庭を見渡す場所まで 来た時 『ここに座ろうか』 と言われる。
廊下の縁に腰掛け、足をぶらぶらとさせている光鬼様の隣に 正座し、光鬼様が視線を向けられている右手の方に視線を 移した。
すると中庭にある澄んだ水を湛えた池を挟んで向こう側に襖を開け放たれた麒白様の 自室が見え、そこでは麒白様と獅紅様が向かい合って座り ながらお話をされている姿が見えた。

獅紅様に笑いかけながら何事かお話されている麒白様のお姿は、 相変わらず光り輝いている。
先程は必死であの腕の中から逃げ出してしまったけれど、 今またこうやってそのお姿を拝見していると、何故あの温もりに 包まれなかったのだろう、と後悔する気持ちが湧き上がってくる。

「……白桜、今自分がどんな表情をしているのか知ってる?」

その声でハッと我に返ると、光鬼様がふふっと微笑まれながら 私を見ていた。

「あの……私がどんな……?」

私が首を傾げながら問い返すと、光鬼様は 『そっか。まだ気付いて ないんだ……』 と言われ、『最近霊力はどう?』 と話題を変えてしまった。
それを訝しく思いながら答える。

「麒白様や白雪様に教えて頂いているおかげで人型で
 過ごせる時間が増えて来ましたし、物に触れて情景を頭に
 浮かべたりするような事も大分出来るようになってきました。」

それと比例して私の中の渦巻く思いも強くなっているのですが、 とはさすがに口にする事が出来なかった。
これが最近の私の悩みでもある。
鬼火ではなく人型で過ごせる分、麒白様のお傍で過ごして 麒白様に甘えさせて頂く事が出来る。
けれどその度にやはりあの場所を訪れずにはいられない 気持ちが湧き上がって来て、そしてその度にいつもの渦巻く 思いが私を取り巻いてしまう。
だから霊力が強くなって、人型でいる事が恐ろしいような 気もしていた。


「白桜は人型でいる間、どんな事を良く考えるの?」

まさに今自分が思っている事を聞かれたようでドキッとしながら、 その事以外を正直に答える。

「あ、べ、勉強の事とか、空を飛べたらどんな気持ちが
 するのか、とか……」

麒白様が自由に空を飛びまわるそのお姿に、何度目を奪われたか わからない。
そしてそれを拝見する度に、空を飛べたらきっと楽しいのだろうな と一人で想像を巡らせたりしていた。

「ふ〜ん、そっか。
 空を飛ぶのって楽しいよ〜。
 領内ってこんなふうになってたんだ〜、とか新しい発見も
 出来るしさ。
 ……そうだっ!
 空を飛びたかったら麒白に頼んでみたら?
 白桜の言う事だったら麒白は何でも聞いてくれるでしょ?
 僕の場合、獅紅ってちょっと乱暴だから怖い時もあるん
 だけど、麒白だったら絶対白桜を怖がらせるような事は
 しないだろうし。」

ポンと手を打って、無邪気に笑いながら光鬼様は申されたけれど、 私は慌てて首を横に振った。

「そ、そんな恐れ多い事、出来ません!」

「え〜、何で〜?
 別に隣の領まで行くわけじゃないんだし、ちょっとその辺を
 飛んでもらう位いいじゃない。
 あ、もし言い辛いんだったら僕が頼んであげる。」

そう言って止めようとする私にはお構い無しに立ち上がり、 両手を口の横に当て、麒白様の自室に向かって  『麒白〜〜っ!!』 と大きな声で叫ぶ。
突然名前を呼ばれた麒白様と向かいに座られている獅紅様が 驚いた様にこちらを見た。

「ちょっとこっちに来てくれる〜〜っ?」

なおも叫ばれる光鬼様のお言葉に麒白様と獅紅様が顔を見合わせながら立ち上がり、 中庭に出てこちらに向かっていらっしゃる。

……光鬼様ぁ〜……

私はがっくりと肩を落としながら慌てて正座をし直し、お二人がこちらに近付かれるのと 同時にその場で平伏した。