……最近の私は本当におかしい。
以前は麒白様のお姿をお見かけする度にただただ嬉しくて、
自分から抱っこをせがんだりした事だって数え切れないぐらいあったはずなのに。
父を慕う子供のように、いつも甘えていられたというのに。
私は本当にどうしてしまったのだろう……
何度も深呼吸をし、ようやく心臓が少し落ち着いた所で着物の裾を直して
立ち上がる。
私が着ているのは薄紅色の着物。
『桜の痣がある白桜にはこの色が似合う』 と麒白様が
用意してくださった物だった。
そっと左手の甲にある痣を見る。
何故こんな場所に桜の花弁の形をした薄紅色の痣があるのか。
以前麒白様が 『痛みが治るおまじないだよ』 と言いながら
口付けて下さった事があったけれど、今振り返ればその時も
あの眼で私を見ていた気がする。
ふぅ〜、と小さく溜息を吐いた。
最近は全てが 『何故？』 の連続で、何も身が入らない。
こんな事では麒白様に呆れられてしまう。
それだけは何があっても嫌だったので、もう一度深呼吸を
して気持ちを落ち着けてから白雪様の元に向かった。
「あ、白桜、こんにちは〜！」
「これは光鬼（ミツキ）様。ご無沙汰しておりました。
お元気でしたか？」
白くて長い髭をたくわえられた白雪様と向かい合わせでお茶を飲みながら私に声を
かけられたのは、如月光鬼（キサラギミツキ）様といって
火族の巫女の孫にあたり、火族の長、獅紅（シコウ）様の
伴侶であるお方。
私達鬼では近付く事が出来ないとされているあの川を
獅紅様と共に超えられ、よくここに遊びに来てくださっている。
いつも通り白い衣に赤い帯を締められ、小柄なその
印象はまるで少年のようだった。
私がここに来た当初から何度もお会いしているし、とても
気さくでお話ししやすい方なので、麒白様にお話しする
のとは少し違う感覚で何でもお話し出来、相談などに
のって頂く事も多い。
難しい話はわからないけれどこの鬼界の方ではないらしく、
以前、光鬼様は初めてお会いした頃と変わりませんね、と
言った私に、時系列が違うから何年経っても歳を取らない
みたいなんだよね〜と笑っていらっしゃった。
なので見た目は私と同じ位にしか見えない。
少し独特な所があって、たまに困ってしまう事もあるものの、
それでも私が大好きな方だった。
麒白様のお話だと、光鬼様のおばあ様は光鬼様の性格に更に輪をかけたような
方らしく、さすがにそれは大変そう……と少しだけ思ったり
はしてしまったのだけど。
「ねぇ白桜、ちょっと僕と話をしない？」
突然光鬼様が仰ったので、え？と驚くと白雪様が苦笑される。
「最近元気が無いお前の為に、麒白様が光鬼様に来て頂くよう
お願いしたのだ。
だから今日は勉強の事は気にせずゆっくりして来なさい。」
……麒白様が……
光鬼様は立ち上がりながら微笑まれ、
「元気が無い理由を聞きだしたりしようなんて思ってないから、
いつも通りにお喋りしようよ」
と声をかけてくださったので、『はい』 と返事をしながら どこかに向かわれる光鬼様について行った。
