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「白桜、ここに来て何年になる?」

その言葉にふと我に返ると、いつの間にか麒白様が 立ち上がって、微笑みながら私を見下ろされている。

「7年です。」

頭一つ以上高い場所にある瞳を真っ直ぐ見上げながら答えると、

「そうか、もうそんなに経ったか……」

と言いながら、またあの眼で石を見下ろした。
何だかその事が急に悲しくなり、私は麒白様から視線を 逸らして下を向く。
自分でもわからない。
けれど突然麒白様が遠くなってしまったようで、とても 悲しかった。
麒白様はこんなに近くにいてくださるというのに……

するとそんな私に気付いた麒白様が何度も私の頭を撫でる。

「最近元気がないようだと白雪(ハクセツ)が言っていた。
 それは私も感じていたが、どうした?
 何かあったか?」

白雪様は麒白様の側近で、私の先生でもある。
以前は麒白様が直接色々教えてくださっていたのだけど、 長である麒白様は当然お忙しい。
なので最近は白雪様に教えて頂く事が多かった。

「……いえ、別に何もありません。
 大丈夫です。」

下を向いたままそう答えると、麒白様は小さく溜息を吐く。
そして私の頬を両手で挟んで上を向かせ、いつになく真剣な瞳で私を見下ろされた。

「白桜、お前も少しずつ大人になって来て、以前の様に何でも
 話せなくなっているのはわかる。
 だが、何かあれば必ず私に話すのだよ?
 もし私で役不足ならば他の誰でもいい。
 だから1人で思い悩んで、そんな辛そうな顔をしないでくれ。」

そう言って、いつものようにふわっと優しく抱き締めて下さった。
けれどその途端私の体は硬直し、ドキンドキンと心臓が 大きく打ち始める。
ここに来た当初から、麒白様はこうやって私が何か思い悩んだり不安になったりする度に抱き締めて私の心を静めてくださったり、それこそもっと幼い時は膝の上で遊ばせてくださったりと、まるで息子のように大切に可愛がってくださって、その度に安心感に包まれて来た。
それなのに最近の私は、安心感に包まれるどころかこうやって心臓が早鐘を打ち、指先が冷たくなるほど緊張し、落ち着かなくて堪らなくなってしまう。


頬が赤く染まってしまうのを感じながら、思わず麒白様の胸に腕を突っ張って体を離す。
そのまま一瞬上目遣いで見上げると、麒白様はすっかり驚いて目を丸くされながら私を見下ろされていた。

「そ、そろそろ勉強の時間なので……」

もごもごと口篭りながらそれだけを言って、気まずさを振り払うように麒紋殿(きもんでん)に向かって一目散に駆け出した。
その私の背中を、麒白様が溜息を吐きながら見ていた事にも気付かずに……