麒白様は私を抱き上げたまま立ち上がり、どこかへ向かわれるのか、そのまま歩き出される。
「あ、あの、自分で歩けますからっ!」
慌てて声をかけると、一旦立ち止まった麒白様が赤くなった私を見下ろされながら微笑んだ。
「お前は履物を履いていないだろう?
それにここ最近私を避け続けた冷たい白桜のせいで、
しばらくまともに触れられなかったのだよ?
さすがの私もこれ以上待つつもりはないからね。
だから思う存分触れさせてもらうよ。」
私は開いた口が塞がらず、それ以上言葉が出て来なかった。
麒白様はその私を見ながら微笑まれ、そしてまた歩き出される。
これ以上待てないって何の事だろう……?
思う存分触れるって……私には既に充分過ぎるほどで、今にも心臓が口から飛び出してしまいそうなのに……
****************
私が連れて来られたのは麒白様の自室。
縁側に腰掛けて着物の裾を少し捲り上げ、用意して頂いたたらいで足を洗っていると、ご自分の座布団に座られた麒白様がお側仕えの鬼に何か指示を与えていた。
足を拭いてから部屋に入り、『終わりました』 と声をおかけすると 『少し待っていなさい』 と言われたのでその言葉に頷きながら麒白様の斜め後ろに控える。
そして指示を与えられた鬼が麒白様のお着替えともう一組の薄紅色の着物を用意し、布団を敷き始める様子を不思議に思いながら眺めていた。
薄紅色の着物を着る者はこの麒紋殿では私しかいない。
やはり着物の裾が少し汚れてしまっていたから、麒白様はわざわざ着替えを用意してくださったのだろう。
それにしても外はまだそれ程暗くないのに…布団……?
以前、光鬼様が毎晩獅紅様と共に眠られていると聞いた事があるから、麒白様も私と眠られるおつもりなのだろうか。
今日の打ち合わせまで、麒白様は連日膨大な量のお仕事を片付けていらっしゃったから、お疲れなのは想像がつく。
けれど鬼神様や光鬼様とは違い、私は眠る時は人型ではなく鬼火に戻ってしまう。
では麒白様がお眠りになってから自分の場所に戻れば良いのだろうか?
そんな事をぐるぐると考えながら布団を敷き終えて部屋を出て行く鬼に頭を下げると、麒白様が 『さて』 と仰って立ち上がり、いきなり私を抱き上げて布団の上に座りなおされた。
突然だったので驚いてしまったものの、そのまま額に口付けて下さったので、少し照れ笑いをしながら声をかける。
「私は麒白様が眠りにつかれるまで枕元に座って
おりますので、どうぞゆっくりとお休みください。」
麒白様には充分に疲れを取って頂きたかったし、敷かれた布団が一組だったので私が邪魔になってはいけないと思った。
けれど麒白様はきょとんとした顔で私を見た後に吹き出して笑い始める。
……私は何かおかしな事を言ってしまったのだろうか?
心当たりは全くなかったので、首を傾げながら麒白様が口を開かれるのを待っていると、ようやく笑いの収まった麒白様に顎を捉えられ、何度も何度も啄ばむようなキスをされる。
ドキドキしながらもやはり嬉しくて、頬を赤く染めながら目を瞑ってそのキスを受けた。
『……やはり私はお前を大切にし過ぎたようだ。
もう少し知識を与えておいてやるべきだったね』
と呟く声が聞こえたのでそっと目を開けると、麒白様が苦笑しながら私を見ている。
「私は眠る為に布団を敷かせた訳ではない。
私はお前を抱く為に布団を敷かせたのだよ。」
今度は私の方がきょとんとしてしまった。
そんな私に麒白様は苦笑したままもう一度キスをする。
けれど先程のただ唇を合わせるだけのとは違い、ゆっくりと唇を舌先でなぞられ、少し開いた唇を割って舌が忍び込んで来る。
驚きのあまり目を閉じる余裕もなく、そのまま口腔に舌を這わされながらそっと布団の上に押し倒された。
麒白様はさほど私に体重を預けているわけではないけれど、それでも初めて感じるその重みに心臓が跳ね上がる。
けれどそんな私にはお構いなく私の帯を解き始めたので、想像もしていなかった展開に何が何だかわからなくなり、思わず麒白様の手を慌てて掴んだ。
すると麒白様が一旦手を止められて唇を離し、私を安心させるように優しく微笑まれた。
「お前は何が起きているのかわからずに
不安なのだろう?」
少し視線を逸らして頬を赤く染めながら頷くと、麒白様はそっと私の鼻先にキスをする。
「白桜、私を信じているか?」
その言葉には、真っ直ぐに麒白様を見上げながら 『はい』 と迷い無く返事をした。
「お前に辛い思いはさせないと約束しよう。
だから私を信じ、私に任せて欲しい。」
一瞬戸惑ったものの、覚悟を決めてもう一度 『はい』 と返事をすると、麒白様は満足そうに微笑まれながら白いオーラで二人を包んだ。