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「……幼かった白桜が私の膝の上で遊び、抱っこを
 せがみ、常に私を父の様に慕ってくれる事が嬉しくて
 愛しくて堪らなかった。
 だからゆっくりと、大切に大事に育てていきたいと
 思い続けて来た。」

静かに口を開かれた麒白様の言葉にそっと顔をあげ、恐る恐る上目遣いでそちらを見上げる。
すると麒白様は右腕で私の背中を支えたまま、左の袖で涙を 拭ってくださった。
けれどその優しい行為が、またしても私の涙を溢れさせる。
麒白様はそれを拭い続けながら微笑まれた。

「白桜はいつまでも子供ではない、と龍黒に言われたよ。
 どうやら私は盲目的にお前を可愛がり過ぎ、いつの間にか
 こんなに大人になっていた事に気付いてやれなかった。
 色々不安だっただろうにわかってやれなくて悪かったね。」

その言葉に私は必死で首を横に振った。
違う……悪いのは邪な気持ちを抱いてしまった私なのです……
悪いのは……桜雲に戻れない私なのです……

麒白様は私の左手を優しく掴み、甲にある痣に口付けた。
そして私の手を離すと、またあの眼をしながらそのまま 手を伸ばして白い石にそっと触れる。
ズキン、と心臓が悲鳴を上げた。

「お前に私の気持ちを押し付けたくはなかったし、誤解を
 与えたくないと思って桜雲の話をしてこなかった事が、
 逆に誤解を与えてしまったようだ。
 ……私は永年に亘って桜雲をずっと愛し続けてきた。
 その思いは昔も今も、そしてこれから先も永遠に
 変わらない。」

……胸が潰れそうなほど痛い。
わかっていた事とは言え、覚悟していた事とは言え、やはり 麒白様の口から直接それを聞かされると、胸が張り裂けそうだった。
涙こそ止まってはいたものの、辛さのあまり麒白様から視線を逸らして 下を向く。
すると麒白様は私の顎を持ち上げ、真っ直ぐに目を合わさせる。
苦しくて堪らず、必死に顎を離そうとしても手を離してはくださらず 『白桜、私を見なさい』 と静かな声で言われ、痛い胸を抑えながらそろそろと視線を合わせた。

「私と桜雲の話は龍黒から聞いたのだろう?
 お前がここに来た当初は、やはり桜雲とお前を重ねて
 見る事が多かったように思う。
 それがお前に辛い思いをさせていたのなら悪かった。
 けれど今はもうそんな事など全くないのだよ。
 桜雲は桜雲で白桜は白桜だ。」

「……やはり私には桜雲の代わりは務まらないと
 いう事ですか?」

良く解らなくて思わず尋ねると、麒白様は背中を支えて下さって いた右手でギュッと私を引き寄せた。

「誤解をしないでくれ。
 説明が下手だからお前を混乱させてしまうのかもしれ
 ないが、私は決してお前に桜雲の代わりを求めている
 わけではない。
 私は白桜を白桜として愛し、白桜自身を求めている
 のだよ。」

「……え?」

「私が桜雲とお前に対して抱いている思いを、今のお前に
 理解してもらうのはまだ難しいと思う。
 けれどこれだけはわかってくれ。
 幼い頃からお前を見守り、育て、慈しんで来た。
 その中ではぐくまれてきた愛しいという思いは、桜雲に
 対しては無い思いだ。
 お前と桜雲は似ている部分もあるが、全く別人なのだよ。
 お前の方が背が低く、少しだけ声が高い。
 そしてお前は桜雲とは違って鈍い上に無鉄砲だ。
 私は白桜のそんな部分も愛しているのだけどね。」

思わず頬を赤く染めると、麒白様はクスッと笑った。

「何度も言うが、私は決して桜雲の代わりをお前に求めて
 いる訳ではなく、白桜も桜雲も、同じ一つの魂として
 求めているのだよ。
 その魂を愛し、白桜も桜雲も心の底から欲している。」

急な言葉になかなか理解が及ばずに目を丸くしていると、麒白様は少し困った様に微笑まれた。
そして 『まだダメか?ならば……』 と、掴んでいた私の顎をあげさせると、そのまま唇を合わせる。
驚きと緊張とで体がカタカタと小さく震えた。
すると私の顎から手を離し、唇を合わせたまま両手でしっかりと 抱き締めてくださった。
私はどうしたら良いのかわからずに、麒白様の襟元にしがみついて 目を閉じる。
これが光鬼様の仰っていたキスというもの……

麒白様は桜雲を永遠に愛し続けると仰った。
私の事も桜雲の代わりとしてではなく愛して下さっているとも。
麒白様が仰るとおり、今の私にその思いを理解するのは難しい。
けれど光鬼様が、『その特別が不思議な形で変化していく人もいるんだよ』 と言われていたのは、もしかすると麒白様のお話なのかもしれない。
麒白様が桜雲だけではなく私自身も欲して下さっているのが、今のこのキスから間違いなく伝わって来るから。
ならばそれで充分。
それにあの時は他の思いに囚われて聞き流してしまったけれど、光鬼様は 『みんないつでも白桜が大好きだよ』 とも仰ってくださっていた。
きっと光鬼様は私が悩むだろう事をお分かりになって励ましてくださっていたのだろう。
これ以上、どんな贅沢を望むというのだろう?
誰の生まれ変わりであろうと構わない。
麒白様が私を見て、私自身を愛していると仰ってくださり、その上沢山の方々に大切にして頂いているのだから、これ以上幸福な存在意義など無い……


ゆっくりと唇を離した麒白様はそのまま優しく微笑まれる。

「さっきから私ばかりが愛の告白をしているのだが、
 白桜は私をどう思っている?
 まさか今更私の早とちりや勘違いだとは言わないでくれよ?」

誰をも蕩かすようなその笑顔に心臓がドキンドキンと脈打ち、 着物を掴んだままの手が震えた。
けれどきちんと伝えなければ……

「心から……愛しています」

頬を染めながらもその力強い瞳を真っ直ぐ見詰めながら口にした。

「……お前が成長し、私を受け入れてくれる日を
 今か今かと待ち続けて来た。
 白桜、もうお前は私に心も体も全てを預けて
 くれるだろう?」

……?
私は既にこうして麒白様に心も体も委ねているのに……
意味が良くわからなかったけれど、取り合えずこの思いを 伝えなければと小さく頷いた。
その返事に満足そうに微笑まれた麒白様の笑顔を見て、急激に 恥ずかしさが込み上げてくる。
私は視線を下に落とし、麒白様の胸に額を付けて顔を隠した。


先程までの絶望に満ちていた私とはまるで違う自分になってしまったかのように、私の胸には幸福感が満ち溢れている。
それの名を 『愛』 と呼ぶのだと、ようやく私は理解をしていた。