シリーズTOP



黙って抱き締められながら、前にシコウに言われた通り、
僕は本当に子供だと思った。

『好きだっていう気持ちがあれば、どんな事も乗り越えられると思う』
なんて、何も知らずに無責任に言った自分の台詞が恥ずかしくて
堪らない。

「一度思いを伝え合ってしまえば、どうしても触れずには
 いられなくなる。
 だが、キハクは自分が触れる事でオウウンの存在がなくなる事を
 恐れ、オウウンは触れられた事で自分の存在がなくなった後、
 キハクがキハク自身を責める事を恐れる……
 そして互いに思いも伝え合えず、触れ合う事も出来ないまま、
 ただオウウンが自然に消えていくのを黙って待つしかない……」

シコウはそう呟き、もう一度僕を抱き締めなおした。

「……鬼神などと奉られていながら、
 親友と腹心に何もしてやれない私は……無力だ……」


……シコウが泣いている。

僕を強く抱き締めてくる、その全身から震えが伝わってきた。
親友であるキハクの気持ちも腹心のオウウンの気持ちも知りながら、
自分がただ見ているしか出来ない事を自分で責めている。
何か言葉をかけてあげたいと思いながらも、
シコウが悪い訳じゃないと言ってあげたいと思いながらも、
やはり僕は何も言葉に出来ず、ただ一緒に涙を流しながら
その震える背中を抱き締め返す事しか出来なかった。


翌朝僕とシコウが部屋に戻ると、そこにはキハクの姿しかなかった。
オウウンはどうしたのだろう?と思わず不安になる僕に、
おはようといつもの笑顔を見せながらキハクが言う。

「あの後オウウンはすぐに気が付いてね、自分の場所に戻って
 行ったよ。だから心配しないで。」

その言葉にシコウは頷き、『ミツキ、茶を』と言った。
ホッとしながら、シコウに言われるままお茶の準備をして二人に
差し出すと、キハクはゴクッとそれを飲み、ふ〜と息を吐いた。

「茶っていいものだね。
 なんだか落ち着いて物事を考えられるようになる気がするよ。」

と微笑んだ。
僕はそれに微笑み返しながら、

「シコウ、僕ちょっと散歩に行って来るね。」

と言って、シコウが頷くのを確認してから部屋を後にした。


シコウとキハクが二人で話したい事もあるだろうと思って部屋を出た
僕は、いい加減歩き慣れた屋敷の中を、一人ぷらぷらとしながら
色んな事を思い出す。

この世界に来た時から、ずっと一緒にいてくれたオウウン。
いつも僕の味方をしてくれて、時にはシコウを諌めてくれたりもした。
何でも器用にこなし、何でもよく知っていて、僕が何か質問する度に
丁寧に教えてくれる。
そしていつもあの桜色の目で優しく微笑んでくれたんだ。
そのオウウンが今にも消えようとしている。

前にバイエンから聞いた話によると、本来神霊に変化するって
いうのは本人にとってはいいことなんだそうだ。
それだけ力が付いたって事らしいし。
だからオウウンがそれだけ成長したっていう証でもあるのだろう。

だけど。

今のオウウンにとって、本当にそれはいい事なんだろうか。
キハクと二度と会えなくなるのに……

そこまで考えて僕は溜息をついた。
それが良い事だろうが悪い事だろうが、誰にも止められない以上
しょうがないもんな。
それならば、せめて本当に消えてしまう時までオウウンが笑顔で
いられるように、僕で出来る事ならなんでもやってあげようと思った。