どうやってシコウを宥めようかと僕が困っていた時助け舟を出した
のが、先程から僕達の後ろで黙って座っていたオウウンだった。
「ミツキ様は今日の昼間、わざわざシコウ様の為にお茶の準備を
されて、シコウ様のお戻りを心待ちにされていたのですよ。
せっかくですから皆様で頂かれたらいかがですか?」
と、屈託なさそうに桜色の目で微笑む。
「……そうか。ではミツキ、頼む。」
シコウはまだ不貞腐れていたけど、それでもオウウンの台詞の
おかげで少し機嫌が回復したらしく、僕に向かってそう言った。
僕は心の中でオウウンに『ナイス!』と言ってシコウに向き直り、
うん、と満面の笑みで答える。
そして早速オウウンと一緒にお茶の準備をした。
その様子を見ながらキハクが一人
「……茶?」
と首を傾げて呟いた。
そう、僕はここで暮らす事になってからいくつか新しく
始めた事がある。
元々僕の使命は琴の旋律を火族に伝える為で、それは日中
何人かの鬼達が来て毎日教えてるんだけど、それ以外は時間を
あましてしまう。
シコウやオウウンは何もしなくていいと言うけど、甘えてばかり
なのは自分で嫌だった。
だから何か僕に出来る物を、と思った。
そしてそのうちの一つが食に関しての事。
やはり日本人として生きてきたからには、お茶とお茶菓子って
必須アイテムだと僕は思ってる。
もちろん鬼達には食すという文化がない事は知っているんだけど、
何かを食べても害にはならないって前にシコウが言ってたし。
だから僕は考えたんだ。
毎日琴を習いに来る鬼達が来た時や、オウウンとお喋りする時、
シコウと一緒に夜ご飯を食べ終わった後なんかに、お茶を
飲みながらゆっくり出来ればいいなって。
食材はシコウがいつも準備してくれるんだけど、それがシコウに
とっては簡単な事だと確認していたから、最近ではこれとこれを
用意してくれる?って自分からお願いするようにしていた。
そしてその用意してもらった物を使って、オウウンと一緒に
シコウのご飯を作ったりしてるんだ。
お茶もその中で頼んでいた物。
今ではシコウもオウウンも部屋に来る鬼達も、僕の淹れるお茶を
とても喜んでくれるようになっていた。
淹れたお茶を僕はシコウの前に置く。
そしてオウウンがキハクの前に置いていた。
……あれ?
俯き加減でキハクにお茶を出しているオウウンを見て
ちょっと意外に思う。
いつも飄々としていて、たまにはあのシコウさえも諌めるオウウンが。
……手が震えてる……?
他の属性の長を前にして緊張してるのかな?
あ、でもさっきシコウはちょくちょくキハクが遊びに来るって
言ってたし、だったらオウウンも何度も会った事がある筈だ。
そう思ってちらっとキハクを見ると、先程まで明るく笑っていたのが
嘘の様に、身じろぎもせずに自分にお茶を差し出すオウウンを
じっと見つめ、唇をキュッと固く結んでいる。
そしてオウウンがその桜色の髪を揺らしながら離れていく瞬間、
僅かにその白い瞳が翳りを帯びた。
「……キハクも飲んでみろ。ミツキの茶はうまいぞ。」
その声にキハクも僕もハッとする。
キハクは何事もなかったようにまた先程の明るい様子に戻り、
茶なんて初めてだよ〜、と言いながらシコウの真似をして一口飲む。
そして
「ミツキ、君の茶はシコウが言うだけあって本当においしいね。」
とニコッと笑って
「私がここに来た時は、またご馳走してくれるかい?」
と言った。
「もちろん、いつでもどうぞ。」
僕も笑顔でそう返しシコウを見る。
シコウは満足そうに僕を見返した。
そしてシコウの斜め後ろに控えるオウウンを見ると、僕の方を見て
微笑んではくれたけど、その瞳には何故か少し切なそうな影が見え、
その後一度もキハクの方を見ようとはしなかった。