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麒白が自分の領に戻ってから、ばあちゃんから二つの話を
聞かされた。


1つ目は、鬼が神霊に変化する瞬間に次の姿を少しだけ残していく、
という事。
それを見て、その鬼が突然消えたのではなく、神霊に変化したという
事実を知る事が出来るのだと言う。
だから桜の花弁を残した桜雲は、きっとどこかで桜の精霊かなにかに
なっているんだろうな、とその話を聞きながら思った。

そして二つ目は、神霊に変化した後、その役目を果たし終えた時には
また人間に生まれ変われるという事。
人間として生まれ変わった以上必ず死が訪れるわけで、
だからまた鬼界に戻って来る。
その話は獅紅も初耳だったらしく、とても驚いていた。
鬼神はあくまでも鬼達が神霊に変化するまでの過程を見守るという
立場であり、それ以外の干渉をする事も情報を与えられる事も
普通は無いのだそうだ。
だからもちろん麒白もその事を知らない。

じゃあ何故その話を麒白と桜雲にしてあげなかったの?と聞く僕に、
桜雲が鬼界に戻って来るまでに、一体何年かかるのかまったく
わからないから、という。
それこそ気が遠くなる程先の話かもしれないらしい。
それに、とばあちゃんは言う。

『鬼になった桜雲には当然記憶が無いし、どの属性になるのかも
 わからない。
 その上今の麒白の時代に戻って来る保障なんかまったく
 無いんだよ。
 だったらそれだけ可能性がほとんど無い事を二人に教えて、
 また会えるかもしれないと
 過度な期待を持たせる方がよっぽど可哀想だろう?
 それに本当に運命の相手ならば、必ずまた会える。
 だからそんな話は知らない方がいいんだよ。』

少し寂しそうに言うばあちゃんの言葉に、獅紅は静かに
頷いていた。

……確かにそれはそうなのかもしれない。
期待をし過ぎてて、それが叶わなかった時にはきっと何倍もの
苦しみを感じるだろうから。
それならばせめて僕と獅紅が、二人がまた出会える可能性が
ゼロではない事を覚えていてあげよう、と思う。

そしてばあちゃんは自分の場所に戻る間際、コソッと僕に
耳打ちをした。

『私がかけた魔法は、実はあれで終わりじゃないんだよ。
 まぁあとは桜雲の思いの深さ次第だから、
 今はまだなんとも言えないけどさ。』

そう言って、手を振りながら去っていったばあちゃんの言葉が
意味するものは、その時の僕にはさっぱりわからなかった。

****************

「ねぇ獅紅、桜雲は今頃どうしていると思う?」

1週間後、僕は獅紅と一緒に夜ご飯を食べながらそう聞いた。

桜雲がいなくなってから、ご飯支度は僕一人でするように
なった。
梅園(バイエン)が、手伝いましょうか、と言ってくれたのだけど
たった二人分のご飯だし、桜雲と一緒に作った時の思い出が
多過ぎて誰にも頼む気になれなかった。
だからせっかくの申し出だったんだけど断ってしまった。
ごめんね、という僕に梅園は、いつでもお手伝い致しますから、と
笑って言ってくれたけど。


「この世界では植物が育たないのだから、
 人間界ででも芽を出しているだろう。」

確かにこの世界には太陽もないし雨も降らない。
それに実際草や木なんかも見かけた事は無かった。

「そっか〜。でも桜雲が咲かせる桜の花だったら
 きっと綺麗だろうね〜。」

僕がそう笑った時、

「桜雲は私の所にいるよ。」

と言いながら麒白が部屋に入ってきた。


驚く僕に以前のように微笑んで、この前は悪かったね、と
片目を瞑りながら言った。

「……お前の所にいるってどういう事だ?」

獅紅が箸を止めてそう聞く。
すると麒白は、獅紅のお皿から沢庵を一枚指でとって
口に放り込み、おいしいね、と言いながら僕の隣に胡坐をかいた。

「先日領に戻る直前、光鬼の祖母殿に言われた事があってね。
 なんだかよくわからなかったけど、取り合えず言われた通り
 桜雲が残した桜の花弁を、私の部屋からいつでも見える場所に
 埋めたんだ。
 そしたら翌日には芽を出した。」

笑ってそう言う麒白に獅紅が、馬鹿な、と言う。

「この世界で植物が育つ筈がないだろう?
 それに花弁から芽が出る筈も無い。」

「ん〜、当然私もそう思ってたんだけどね〜。
 でも実際芽が出ているのは疑いようの無い事実なんだから。」

と、とても嬉しそうに笑う。そして

「もちろん祖母殿の霊力のおかげなんだろうけど、
 それでも私は、これこそ愛の成せる業(わざ)だと信じているよ。
 光鬼もそう思うだろ〜?なぁ〜?」

と言って僕の頭をグチャグチャと撫でた。
すると獅紅が、光鬼に触れるな!と言い、
麒白が、少し位いいだろ〜?と言って、二人でじゃれ合い始める。

僕はそれを見て笑いながら、麒白が元気そうで良かったと思った。
それも桜が芽を出したおかげだろう。


……ねぇ桜雲。
麒白の『愛の成せる業』っていう台詞、
実は当たっているんじゃないのかな。
確かにばあちゃんの魔法のおかげもあるんだろうけど
ばあちゃんは『桜雲の思いの深さ次第』って言ってたんだし。
だから、この世界では植物が育たないって事や、その上種も無い
花弁から芽が出る筈が無いなんて常識を覆してしまうぐらい
桜雲は麒白の事を愛して、
そして傍にいたいと強く望んだんでしょう?

いつかまた鬼として鬼界に来る時も、必ず麒白の元に
戻ってきてね。
麒白も獅紅も僕も、みんなで待ってるから。
だから、今度こそみんなで幸せになろう……?

****************

3ヵ月後、急速に大きくなった桜雲の桜は1日だけ満開の花を
咲かせる。
そして翌日には麒白の治める麒紋領(きもんりょう)に
桜雲らしい優しくふくよかな香りと共に
薄紅色の桜吹雪を舞い散らせ、そのまま枯れてしまった。

それから十数年後……
麒紋領に、麒白と同じ真っ白の目や髪の
『白桜(ハクオウ)』という名を持つ鬼が暮らし始める。
まだ10歳ほどの幼い白桜は、桜雲をそのまま幼くした様な
面差しで、そしてその左手の甲には、桜の花弁の形をした
薄紅色の痣があるのだという。

麒白と白桜が、その後どういう関係を築くのか。
それはまた別のお話……

− 完 −