琴を持って部屋に戻ると、ばあちゃんはいつの間にか前に見た
行灯のような物を用意していた。
それは庭に続く縁側に置かれており、琴をその行灯の横に
置くようにとシコウに指示する。
そしてキハクとオウウンに庭に出るように言って、僕とシコウには
部屋にいるようにと言う。
キハクとオウウンが、何が何だかわからずに戸惑いながらも
庭に出たのを見て、ばあちゃんは話し出した。
「私が琴を弾いている間、ミツキとシコウは絶対に声を
出さないように。
そしてキハクとオウウン、私が弾く琴の音が響いている間だけは、
お互いに触れても大丈夫だよ。
その為にオウウンが消えてしまう事はない。
まぁどっちにしろオウウンの神霊化まで時間がないから
ほんの束の間だけどね。
一度しかやってあげられなくて悪いんだけど、
ミツキが世話になったせめてものお礼だよ。」
二人とも驚いた顔をしている。もちろん僕とシコウも驚いた。
……これがばあちゃんの言ってた魔法なんだ……
僕はばあちゃんの斜め後ろにシコウと隣り合って正座し、
ばあちゃんの気持ちに心から感謝した。
月もない真っ暗な中、青い鬼火だけが庭にいる二人を照らし出す。
そして、一度行灯に手をかざしたばあちゃんが琴を奏で始めた。
……これは僕が知っている曲とは違う……
そう思った時、行灯の青い光がばあちゃんの演奏に合わせるかの
ように徐々に大きさを増し、庭にいる二人を包み込んだ。
光に包まれた後、キハクとオウウンはゆっくり向かい合う。
そしてキハクが恐々とオウウンの肩に手を伸ばした。
オウウンはその手をじっと見詰めている。
キハクの指が、緊張で強張っているオウウンの肩にそっと触れた。
……何も起こらない。
次の瞬間キハクとオウウンは顔を見合わせ、
お互い同時に両手を伸ばして抱き合った。
隣でシコウが息を飲む音が聞こえた。
僕も思わず腰を浮かせて両手を口に当てる。
二人は身動き一つせず、黙って抱き合っている。
気持ちを言葉で表す必要など、今更なかったのだろう。
オウウンの目からは止め処なく涙が溢れてキハクの着物を濡らし、
キハクも同じ様に涙を流しながらオウウンの桜色の髪に
顔を埋めていた。
やがて演奏の終わりが近付いたのか、
二人を包んでいた光がどんどん小さくなっていく。
するとキハクがゆっくりと体を離し、顔を上げたオウウンの両肩を
優しく掴むと、そっと触れるだけの長いキスをした。
二人の涙は止まらない。
そしていつの間にか僕の目からも涙が溢れ、
シコウも震えながら僕の体を抱き寄せた……